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深愛(しんあい)。投稿627日目

深愛(しんあい)。投稿627日目

水樹奈々さんの曲を聞きながら書いている。彼女は言わずと知れた声優界のレジェンド。にわかファンなので、分からない曲も多いが、とにかく彼女の歌声を聞くと元気が出る。『深愛』はNHK紅白歌合戦でも歌われたので、知っている方も多いだろう。

深いというコトバには、”物事の奥底まで考えられている”という意味がある。話は変わって、昨日安城青年誌友会を開催しました。 青年会幹部研修会で発表させていただいたボクの誌友会です。

どんな思いで誌友会を開催しているかはこちらをご覧ください。 http://moon-phase.net/archives/3922

そこに久しぶりにUTくんが来てくれた。安城青年誌友会が立ち上がったときの初期メンバーの一人。

彼はボクのことを、社長と言う。理由は遊戯王シリーズに出てくる海馬コーポレーションの海馬社長から。もちろんボクに社長の肩書はないし、雰囲気もない。それでも会うと社長!!社長と声をかける。

誌友会のあだ名だけで2つある。くまさんと社長。プラス普段呼ばれている秋元さんと雅晴さんを加えると4つになる。呼び方は違えど、全部ボクだ(笑

彼は人懐っこくて、面白いことを言う性格の持ち主。物怖じせず、かる~くボクをいじってくる。あまりにも面白すぎて、「お前、面白いけどいい意味で面倒くさいな(笑。」と言ったことがあった。「そうなんですよ。調子乗ってしまうんですよ~。」と悪びれないところもご愛嬌。

訳あって誌友会に足が遠のいていたが、先週に彼からラインで「久しぶりに参加します!!」とメールが来た。あまりにも参加していなかったので、時間を作って会いに行ったこともあった。その時は「今は・・・行けないです」。コトバも少なげ。
それでも時が来れば、いつか絶対に来てくれる。断られながらも声をかけ続けてきた。そして昨日、彼が戻ってきてくれた。気がつけば1年。こんなにも嬉しいことはない。

当日は誌友会開始の1時間半前からやってきた。「あれー、めっちゃ痩せましたねー。」「バカヤロウ、お前が来ない間にしぼんでしまったよ(笑」と冗談をいいつつも、いつもと変わらない様子で雑談した。

いつ来ても、いつまでも変わらない場所がここにある。終わったあとに「みんな僕のことを受け入れてくれて、めっちゃ幸せな時間でした!」とメールをくれた優しい彼。そして彼を温かく迎え入れてくれた誌友会のメンバーの深愛(しんあい)に感謝します。ありがとう。

ステキな仲間の深い愛に囲まれて。


だから好きになる。投稿618日目

だから好きになる。投稿618日目

慣れないことをやると、人は壁にぶちあたる。今回、中高生練成会の司会進行係長をやることになった。事務局・班長はやったことがあるが、この部署をやるのは初めて。初めてなのにまとめ役。これだから人生は何があるか分からない(笑

ただ、そこは社会人経験15年目。過去の司会資料から引っ張ってきたり、色々と人に聞いたりしながら、ベースをつくる。自分という人間と向き合い、これぐらいにはできるだろうと見極めていく。できない、やれていないという失敗はこの歳になってからさすがにできないからだ。

先日、タイムプロの打ち合わせをしていた。するとKくんが「もし良かったら、まっさーさんの作っている司会原稿を見ますよ。」と言ってくれた。思わず「ホント?めちゃくちゃありがとう!!助かる。」と答えた。思いがけない救いの手が来たのは素直に嬉しかった。

司会といえば、Kくんというくらいイメージが浸透している。だから青年練成会や他の行事のときもよく彼に頼んでいた。ボクは事務局をやることが圧倒的に多かったので、タイムプロを渡して、これぐらいの期限にはできるでしょという感じで、いつもを依頼をしていた。

しかし、これが予想以上に大変だったということを自分自身が初めてやって分かった。土壇場に、内容や細かい変更を後からお願いしたことがあった。同じ立場で今、同じようなことをやられたら間違いなくブチギレてしまいそう。いやキレる(笑

それでもよくキレずにやってくれたなと今では感謝の気持ちでいっぱいだ。思わず、教化部で彼に会ったときに「今までこんなに大変なことをやっていたとは気が付かなった。君の気持ちがよく分かったよ。すまん」と思わず言ってしまったほど。『百聞は一見にしかず』実際に見るのとやるのではえらい違いがある。

そんな彼から自発的に声をかけてくれることは、ありがたかった。以前は、あまりこういうやり取りがなかったような気がする。それか自分が感じていなかったのか。それでもKくん自身の行動から成長を伺えた。

中高生の参加者に「練成会に一番来てよかったことは、Kくんに会えたこと。」と言われるほど、中高生のココロを掴むのが得意。同じようにボクが中高生に接すると、きっと怖いクマさんで終了になる(笑

それくらい人のココロを掴むのがウマい。それ以上に地元のことを大切にしている。ボクの誌友会にも来てもらったり、誌友会のメンバーを迎えにいってもらったりと色々と協力してくれる。見えないところでも陰ながら頑張っている。だから好きになるメンバーも多いと思う。

マイペースなところもあるが、それを差し引いても彼にはたくさん良いところがある。面と向かっては恥ずかしいので、Kくんと安城青年誌友会メンバーにしか分からないコトバで締めたいと思います。「いつもご苦労!! 二拍手。」

いつもありがとう、Kめちゃん。



必要とされる場所がここにある。投稿602日目

必要とされる場所がここにある。投稿602日目

昨日書いたとおり、青年会幹部研修会で、活動事例を発表させていただきました。内容は誌友会について。4分半という限られた時間の中で、この4年の取り組みを伝えるには難しい!!と感じていました。
飾ったコトバは使わず、もう気持ちをぶつけよう。色々と試行錯誤して作りました。今まで一番大変でした。でも一番、魂を込めた内容かもしれません。

今回は、全文とスライドを公開します。この内容を通して色んな方に誌友会の大切さ・素晴らしさが伝われば幸いです。

ありがとうございます。愛知教区青年会の秋元雅晴です。誌友会を開催し始めてから、もうすぐ4年。なぜ、誌友会を開催しているのか?

振り返ってみると、誌友会が好きで、みんなのことを楽しませたい・喜ばせたい・笑顔になってもらいたい。そういう気持ちが強いからだと思います。最初からこんな気持ちでやっていたかと言うとそうではありません。
教化部職員である私が、誌友会を開催していないのはマズイ。そんな理由でした。誌友会を始めた当初、どうやって進めていったら良いか分からず、本当に苦労しました。

場をなごませようとして、なぜか若かりし頃にキャバクラの女の子にハマってお金につぎ込んだ話をして、会場が凍りついたり、悩みを抱えて来てくれた誌友会初参加者に対して、黙々と写経をやってお通夜のようになってしまったこと、参加者のお世話を別の方に任せすぎて、二人とも連絡が取れなくなってしまったことなど、今思えば色んな失敗をたくさんしてきました。

そんな私が大切にしている信念があります。「毎月来たくなる青年誌友会を開催する」です。ボクの誌友会は平日の夜に開催しています。仕事終わりや30分しか参加できない子もいます。それでもボクに会って元気をもらえた。誌友会に来てよかった。そう思ってもらえるような雰囲気を心がけています。

だから、来てくれた参加者に対しては全力で接します。相手の良さを知ったり、ボクのことを知ってもらう。ある意味、ファンをつくることかもしれません。誌友会やボクのことを好きなってくれたら、また行こうと思えるようになるからです。関係性づくりに時間はかかりますが、毎月の積み重ねが誌友会の活性に繋がります。

ただ、どんなにいい誌友会を開催できたと思っていても、しばらくすると人は忘れてしまいます。私はアフターフォローを大切にしています。誌友会に来られない・足が遠のいている方に対しては、個別でメールや訪問して話を聞くなど、交流を絶やさないようにしています。自分が誘った以上、最後までお世話をしたいという気持ちもあるからです。

私がそこまで頑張れる理由は、誌友会を心待ちにしている方の存在が大きいからです。実はたった1回だけ誌友会を中止にしたことがありました。気持ちがどうしても上がらずに面倒くさくなったからです。
そのときに、「何で誌友会を開催しないんですか??私、すごく楽しみにしていたのに。ショックです。」と怒られました。たった1回。されど1回。でもその1回の誌友会にこんなにも思いを寄せる方がいる。それからは何があっても続けよう!!と心に誓いました。

発表前に、参加者になぜ来てくれるのかを聞いてみました。
ボクにしつこく誘われたから、1ヶ月のモチベーションになっている・そして秋元さんだから行く。という嬉しいコトバだらけでした。

そのおかげか分かりませんが、誌友会から青年会へ4名入会。青少年練成会や青年練成会で班長や運営もやってくださる方も何名か現われました。新しい誌友会会場リーダーが誕生するなど、誌友会参加者が、今度は必要とされる側となって活躍していく姿がとても嬉しいです。

必要とされる場所がここにある。誌友会は絶対に必要とされています。続けていれば、素晴らしい青年との交流や喜びが必ず生まれます。ボクの体験を通して誌友会の大切さ・素晴らしさが、もっともっと伝われば嬉しいです。以上で発表を終わります。神の子の皆様、ありがとうございます。

実は、発表の途中で、思わず感情が高ぶり涙が止まらなくなりました。ボクにできることは、この4分半をすべてを出し切ること。この場で自分がやってきたすべてを伝えよう。ギリギリまで原稿の順番や内容の調整をしてきて、本当に良かったです。
この場を借りて、私の原稿に最後までアドバイスと喝を入れてくださった、青年会中央部の金沢健二さんにお礼申し上げます。おかげさまで、発表後にたくさんの方から嬉しいコトバをかけていただきました。これからもコツコツと喜びを伝えられるよう頑張ってまいります。


青年会幹部研修会1日目。投稿600日目

青年会幹部研修会1日目。投稿600日目

青年会幹部研修会、1日目が終わりました。
名古屋から新幹線と在来線を乗り継いで3時間。飛田給本部練成道場に到着。昨日のブログでも書いたとおり、明日まで青年会幹部研修会に参加しています。

青年会幹部研修会がスタート

今回も愛知に加え、岐阜・三重・大阪の青年会の皆様と一緒に来ることになりました。新幹線の中で教区・年齢・最近の信仰や、活動の喜びをシェアしよう。最近の生活を振り返って、自分の伸びしろをシェアしよう。幹部研修会でどんな学びが得られるか、などを雑談を交えながら話ししました。

違う教区のお話を聞くことで、「あぁこういう考え方もあるのか。」「え?そんな風にやっているのかー」など違った視点から物事を考えることができました。
おかげで到着する頃までには交流も深まり、とても楽しい2時間を過ごすことができました。

さて青年会幹部研修会の中身、特筆すべきは素晴らしい体験談が多かったこと。
初日は、4名の方が発表されていました。

神奈川教区のTさんの発表。驚いたのが、今年の3月で198回の誌友会を開催になること。平成15年から開催されているので、約16年。毎月続けられています。今年青年会を卒業されることでしたが、相愛会の先生に「あと2回青年誌友会をやらせてほしい。そうしたらキリが良い200回となるから」とお願いしたそう。それだけ誌友会にかけている情熱にすごく胸が熱くなりました。

大阪教区のTさんの発表では、中学生の担当を引き受けたものの、職場で厳しい先輩に仕事のことで、色々と言われ大変な思いをされたそうです。そのときに青年会の先輩方が親身になって聞いてくれたり、色々とアドバイスをもらって元気になり、今では厳しかった先輩と一番仲良く仕事をされていることを話されました。青年会活動も熱心に取り組んでおられます。

宮崎教区のSさんは教区で青年会活動がなく、委員長も不在だったが、教化部長の勧めもあって青年会行事に参加。そこから色々な行事を経て青年会委員長になられたとのこと。また白鳩会・誌友会や家庭訪問、生命学園にも顔出ししたりとして精力的に活動していきたいというお話をされていました。
原稿も見ずにリアルな気持ちをストレートに出されていたのが印象的でした。

山梨教区のKさんは、事情によりZOOMでの発表。教区青年会委員長のお役を再び受けられて活動。会員数も伸び、青年誌友会を開催したら、教区の新聞に「救世主あらわる」とババーンと書かれたそうです。それだけ青年会に期待するものがとても大きいと話されていました。お子さんが映り込むハプニングもあり、面白かったです。

研修会ではあまりお話することがなかった方とも交流することができました。
以前までは受けさせられる研修会だったけど、今回は色々と考えて自発的に意見を述べるスタイルに変わりました。素晴らしい一日目でした。

あ、明日は発表があった(笑 ブログ書いている場合じゃないーーーーー。
でも毎日書かないと寝れないので、ちょうど休憩スペースを見つけて書いている途中、発表されたTさんとアツい話に。お互いに誌友会について色々と語ってしまいました。熱量ハンパなかったー。Uさんへのバームクーヘンよろしくおねがいします。

何だかんだ言って通算600日を達成。今のところ21日間習慣化プログラムも無事に続いております。よし書き終わった!! 寒い、もう寝よう(笑


30代へようこそ。投稿593日目。

30代へようこそ。投稿593日目。

愛知では30歳にならないと来られない青年誌友会がある。
それが「30代のための青年誌友会」だ。知る人ぞ知る誌友会。
今日、誌友会の開催日でしたが、新しいメンバーが来てくれた。14日に30歳を迎えたMくんだ。

数日前、Mくんから「30代の誌友会いくよー。」とメールが来た。
「ありがとう!!当日楽しみにしているよ。」参加を心待ちにしていた。

来て、開口一番「MFの誌友会とすごく迷ったー。」と言われた。分かる。
本当は、ボクもMFの誌友会行きたかったのだ。

先日『母から繋いだ、小さな愛』で紹介したTさんとUさん親子が初めて参加するのを知っていた。Tさんは特に家庭訪問して青年会に入会に繋げたので、余計に行きたかった。でも仕方ない。目の前の誌友会を開催することが、今与えられた使命なのだ。
迷ってでも来てくれたMくんに感謝の気持ちでいっぱいだった。

最初に近況報告と新年の抱負を話す。先月からじゃんけんで発表する順番を決めている。じゃんけんの結果、まさかの講師からというカオスな状態からスタート。これはこれで面白い。オレが決めたんじゃない、神様が決めたのだ(笑

近況報告も終わり、いよいよ講話がスタート。
一つイイことを聞いたのは、生活習慣に関すること。やると決めたら、意志が入る。最初はものすごいエネルギーがいる。講師は日記を書くことを今までしなかったそうだ。しかし、地元の先生から渡されて断られずに始めることにした。参考にしたのが、普及誌の内容。

「言葉が書けないときは、毎日の日時計日記の上に書かれているコトバを書くといい。それだけでも書いたことになる。」なるほどなと思った。そうしたら毎日無理なく継続できる。結果的に日記を書くことが続いているそうだ。この視点はなかった。

その他、講師の話を聞きながら気がつけば2時間。あっという間に終わった。それぞれ感想と思ったことをシェア。講師含めて4人だったけど、今月も最高の誌友会をお届けできたと思う。

帰る途中で、Mくんから「誌友会、とってもよかったよー。また参加します。」とメールが来た。短いコトバでもこう言ってもらえるのはありがたい。
こちらこそ来てくれてありがとう!!来月も最高の誌友会をお届けします。


母が繋いだ小さな愛、続く。投稿579日目

母が繋いだ小さな愛、続く。投稿579日目

怒涛の年賀状ラッシュがようやく終わりました。
今年は120枚印刷。この人も書きたい、あの人も書きたいってやっているうちに、残り5枚ほどになりました。普段会っている、連絡を取り合っているから別にいらないじゃんと思うかもしれない。けれど、年賀状には年賀状の良さがあります。名前を見てパッと思ったことを綴る。意外とこれ、いいんです。
向き合うことで、この1年の出来事、相手との思い出がよみがえってきます。毎年楽しみにしている!!と言ってくださる方も見えて、ありがたいです。

パッと思ったことを綴る。といいつつも、ブログの書く内容を考えていた。Evernoteのメモを見ながら、途中で止まっていた内容に気がついた。
『母が繋いだ小さな愛』には続編があるんです。と言っていたにも関わらず、もう1ヶ月も経ってしまった。よし、これにしよう。林さん、おまたせです。

「母が繋いだ、小さな愛。」読んでいない方は、まずはこちらをご覧ください。

訪問から、3日。ボクは、とある青年と食事する機会があった。土日も仕事で平日もなかなか会えることができない方。なるべくご縁を切らさないよう、早めに予定を決めて会うようにしていた。

「Iさん、久しぶり!! 元気してた??」
「久しぶりです。今日は楽しみにしていました〜。」

近くのご飯屋さんで語らう。結構人見知りな性格。なので話し出しはたいてい、ボクから。Iさんのエンジンがかかるまでは、ちょっと時間が必要。話出したら、止まらない。そんな感じの人だ。

青年会の話をしながら、話を進めていくと、Iさんがふとつぶやいた。
「そういえば、Tさん、青年会に入ったんですね。良かったです。」
「え?」
思わず、ボクは声がうわずってしまった。
「何でその人の名前知っているの?? ボクが3日前に初めてあった人の名前を」
「なんでって。知っているから」
「えええええええええええええ」

Iさん、実は魔法少女? エスパー?と一瞬思ったが、よくよく話を聞いてみると、そうではなかった。
「正確に言うと、名前は知っているのですが一度も会ったことはないんです。ただ母がその方を知っているのです。」
「え?Iさんのお母さん、彼のことを知っているの??」
「はい、母とTさんのお母さんが知り合いで、宇治の練成会に参加したことも知ってます。青年会を勧めたのは私の母なんです。」
「えええええ、そうなの??。いやーまじか。先日教化部に電話があったんです。息子を青年会に入らせたいと言ってくれたので、最初ご縁を作ってくださったのは誰かなって気になっていた。お母様がご昇天されたのはとても残念だったけど、Tさんには会えてよかったです。」
「そこで青年会のことをまっさーさんに相談してみてはどう??と教化部に電話をかけられたのだと思いますよ。」
「それは嬉しいコトバです。いつもIさんのお母さんにはお世話になっているので、そういうところから自然と伝えてもらえて、本当にありがたい。お母様にありがとう!!と伝えておいてもらえますか?」
「分かりました。母も喜ぶと思います。」

この話を聞いたとき、ムスビ(結び)の力、結びつきをすごく感じました。一見、別の人生を歩んでいた二人が巡り巡って、ゴールインする。
それと同じで、自分自身が意識していなくても、自ずと環境が整ってきたり、自分が今までやってきたことが、経験となって生きてくる。こういう瞬間に立ち会えることはすごく嬉しい。コツコツと自分がやってきたことは無駄ではなかった。そう胸を張って言える。

実は、元々Iさんとの予定が合わなくて、直前になって予定を一週間ずらしていた。これが一週間前だったら、こんな感動的な話を聞くこともなかった。日々の訪問・対面がこういう喜びを生むなんて、本当にどこでどうつながっている分からない。神様の導き、神縁の働きを肌で感じる一日だった。ホント、ステキなストーリーって自分の身近にあるんだなと改めて感じました。

この笑顔をいっぱい増やしていこう。

さて、年末にもう一つか二つブログ書いて、私の2019年は終わります。ブログも少しずつ書き出せるようになりました。フル稼働気味だった、2019年。
色々と変化していくなかでたくさんのものを得ることができました。少しの休養を経て、2020年を迎えます。スケジュールを見ると、また来年も忙しくなるなぁ。現象はない。といいつつも、自ら忙しさの渦中に身を投じるのが好きな自分(笑
一人でも多くの青年に喜んでもらえるように、明日もこれからも動こうと思う。
まさに、難あり有り難し。


偉大なる本部講師へのメッセージ。投稿578日目。

偉大なる本部講師へのメッセージ。投稿578日目。

明日から本格的に小学生一泊見真会・年末に向けて準備が本格化してきます。
とかく、12月に入ってから寝る時間が少なくなりました。休みが休みでなくなり、体への負担がかかってしまうこともしばしば。20代の頃とは違うなー思いながらも、オレはこんなもんじゃない!!と、厳しいムチとほんの優しいアメで、気力・精神力を振り絞っています。

そんな忙しい中でも、忘れてはいけない日がある。12月12日。元愛知教区教化部長、濵山正幸 本部講師の命日。生長の家に触れてから最もお世話になったといっても過言ではない。短い時間の中にも先生との思い出は今も蘇ってきます。

先日、友と会ってきた時に、「あなたは、いくら頑張っても努力しても、自分自身の喜びを封印している。きっと濵山先生に認められないから。一所懸命やっているのに、自分ができたことを自分自身が認めていない。」と言われたことがあった。
ボク自身、亡き先生に認めてほしい。そう願っているのかもしれない。だから、いつまで経っても心の渇き・満足感を得ることがない。どれだけやってもどれだけ頑張っても現状に納得できていない自分がいる。でも先生はもう亡くなっているのだから、直接は認めてもらえない。困った時に、先生を頼ることができない。それはもう現象的には分かっていること。だからこそ、自分自身どう向き合えばいいのかを模索している。

昨年、濵山先生に宛ててメッセージを書きました。

濵山先生、ありがとうございます。12月になると先生との出会いと別れの季節を感じます。体調を崩されたと聞いて、心配ばかりして、先生の元へすぐに馳せ参じることができなかったことが今でも心残りです。教化部に来られなくなる数ヶ月前、先生をご自宅に送り届けた際にネクタイをいただいたのを覚えています。
「秋元くん、好きなのを持っていっていいぞ。」「え、でも先生のものですけど、いいんですか?」「ああ、たくさんあるから、持っていってほしい。」
そう言って赤いネクタイ含め3本ほどいただきました。それから、すぐに先生は旅立ってしまいました。あのときほど、ツラく悲しいものはありませんでした。

先生から指導いただいた、青年誌友会も今では多いときで10人を超えるようになりました。青年会事務局長を拝命してからは、先生がボクにしていただいたように、温かく迎えるようにする立場にもなりました。それでも、「よー来たなー。」とか「おー◯◯ちゃん、ありがとね。」という自分なりの愛情表現で接しています。高校生や若い子にもクマさん扱いされるのはご愛嬌ですね(笑

先日は講習会もありましたが、終わったあとも見失うことなく、出会った方や、これから出会う方とのご縁を結ぶ活動、青年会活動に邁進できているのかなと思います。「今は伸びてないように見えても、着々と毎日伸び続けている。だからしっかりと生長の家の教えを学んでいけばいいんだ。」 
この言葉があったからこそ、変化を感じにくい日々のなかでも頑張って来られたのだと感じています。

そして、念願だった光明実践委員にも合格できて、いよいよ生長の家の御教えを伝える側になりました。辞令を濵山先生からいただくことが夢でしたが、鈴木教化部長も大変素晴らしく、尊敬する先生のお一人ですので、拝命できる喜びを感じたいと思います。愛知教区青年会も若い20代の子たちが誌友会を発会したり、新しいメンバーとの交流が増えたりとありがたいことばかりです。

青年会事務局長として、縁の下、陰のきついところ、色んなことに対応しなくてはならないことも多いですが、教化部に来られる方、誌友会や家庭訪問でお会いした笑顔の数が、今の自分を支えています。ですが3年後は、後進に譲って、この喜びを引き継いでくれる青年にバトンタッチします。もしかしたら早くなるかもしれませんが、、、その時まで頑張ります。長々とブログを書いていると、また涙が溢れてしまうので、今年もこのへんで。喜びを胸に先生の分まで精一杯生きていきます。ありがとうございます。

今これを見返してみても、やっぱり泣けます。あれから1年。今の心境を率直に濵山先生に向けて書きたいと思います。

濵山先生、ありがとうございます。いつもより寒さが厳しくなりました。お元気でしょうか??最近、日常で先生のことを思い返すことも少なくなってしまい、記憶が薄れてしまっているのを切実に感じます。失礼ながら、命日の夜、寝る前になって、ようやく先生のことを思い出しました。きっと先生が霊界から「オレのことは気にするな!! 今の青年会活動をしっかりとやりなさい!!」と、ボクを気遣ってくださってのことでしょう。

濵山先生は威厳があり、なかなか近づけないオーラがありました。目標を見失い、「もう辞めたいし、この先、どうしたらよいか分からない。」思い切って、教化部長室を訪ねたとき、聖典(本)を引っ張り出して、「ここをしっかりと読みなさい」と説明してくださったことを今でも覚えています。あのとき、かなり病気も進行していてきつかったはずなのに、丁寧に向き合ってくださり、本部講師、いや一人の人間としてボクと接してくださったことが何よりも嬉しかったです。

「谷口雅宣先生の教えは、何ひとつ間違っていない。生長の家の信仰をしっかりと続けていけば良い。」と常に仰っていました。徐々にではありますが、年数を重ねていくにつれて、濵山先生のお話してくださったことが分かるようになってきました。

そして、最近、青年会も空気が変わってきました。今まではトップダウンで降りることがしばしばでしたが、今は主体的に動いてくれる仲間も増えて頼もしく感じます。
そのこともあり、今までやってきた自分自身のスタイルを見直しました。仲間がしっかりと喜びを持って活動するためにはどうするかというところへシフトチェンジして、一人ひとりがより輝けるように努めています。「青年が活性化することはとても大切だ!!」ボクが教化部に入って4年。その片鱗がようやく見えてきたような気がします。

ボク自身は、しっかりとやれていますか?
先生と出会った頃から成長しているでしょうか?
ご意志をしっかりと引き継げているでしょうか?

よく、教化部職員だから、活動を頑張っているんだよね。と言われることもあります。職員だから一所懸命やっているわけではありません。生長の家で救われたからこそ一所懸命やっている。たくさんの人に伝えたい。聖地、宇治で生長の家の講師になると決めてから紆余曲折しながらも、たどり着いたのが愛知県教化部でした。そこで濵山先生と出会い、まずは地元で頑張りなさい!!と教えられて、今日まで頑張ってきました。この信念があるからこそ、ここまで来られたのだと思います。教化部に入るときに、批判する友人・親戚、周りとの関係、過去・生半可な気持ちを全て捨てて、奉職しました。今もこの決断に間違いはないと信じています。

一番最初にいただいた名札。4年前。すべてはここからはじまった。

出会った人、出会う人に対して愛を持って接する。やるべきことをしっかりとやることが、きっと正解なのだと思います。
「今は伸びてないように見えても、着々と毎日伸び続けている。だからしっかりと生長の家の教えを学んでいけばいいんだ。」
今年の冬もこのコトバを大切にしたいと思います。来年の冬はもしかしたらお手紙を書かなくなるかもしれません。こうやって書いてしまうと、また心のどこかで先生のことを頼ってしまうかもしれないから。先生から教えてもらったことを忘れず、来年もたくさんの青年に愛を出していけたらと思います。本当にありがとうございます。再拝