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朝10分から始まる聖典のメッセージ㉚。先ず神に振り向くこと。投稿801日目

朝10分から始まる聖典のメッセージ㉚。先ず神に振り向くこと。投稿801日目

神に来れとは、神に振り向くことである。境遇の苦しさを訴え、環境の辛きに嘆き、人々の冷たきを悲しむ者は、神に振り向いていないで「苦しみ」に振り向いているのである。

苦しみに振り向く者は苦しみを見出し、悩みに振り向くものは悩みを見出す。暗黒の方向へ振り向いてはならない。光明の方へ振り向くべし。消極的な感情を持ってはならない。

積極的な勇気を喚起すべし。破壊的に物を考えてはならない。建設的に物を考えるべし。争闘の方向に物を考えてはならない。調和の方向へ物を考えるべし。どんな困難の前にも退嬰(たいえい)してはならない。自信力をもって勇敢に立向うべし。

谷口雅春先生著『新版 希望を叶える365章』P292-293

神様に心を振り向ける。それは見えないけれど、素晴らしい存在があると信じ続けて祈ることでもあると感じています。

悪いことが起こると、「あぁ、何て不幸なんだ。神様はやっぱりいないじゃん!!」って考えてしまいがちですが、ちゃんと自分自身の中に既にある。あるのだけれど見えない。見えないからこそ、祈りや神想観を通じて日々神様に照準を合わせていくことが大切であると説かれています。

何事も疑わず、素晴らしきものがあるのだと信じて頑張っていきましょう。
さて、今日はどんな喜びに出会えるでしょうか。
今日も明日もこれからも最高の人生を歩んでいきましょう(^^)

神様の方向に、じ~っと見つめていきましょう


置かれたところで咲きなさい。投稿724日目

置かれたところで咲きなさい。投稿724日目

先日、自分の気持ちがぐーっと落ち込んだときに、二人の方からLINEでメッセージをいただいた。ご本人にはお礼を伝えさせていただいたのだが、これが心に響くコトバだったので、紹介したいと思います。

一人目の方からいただいたLINEに書かれていたのが『置かれたところで咲きなさい』。ノートルダム清心学園の理事長でもある、渡辺和子氏の著書。

初めての土地、思いがけない役職、未経験者の事柄の連続、それは私が当初考えていた修道生活とは、あまりにもかけはなれていて、私はいつの間なか、” くれない族 ” になっていました。

「あいさつしてくれない」こんな苦労しているのに「ねぎらってくれない」「わかってくれない」自信を喪失し、修道院を出ようかとまで思いつめた私に、一人のい宣教師が一つの短い英語の詩を、渡してくれました。

その詩の冒頭の一行、それが「置かれたところで咲きなさい」という言葉だったのです。岡山という土地に置かれ、学長という風当りの強い立場に置かれ四苦八苦している私を見るに見かねて、くださったのでしょう。私はかわりました。

そうだ、置かれた場に不平不満を持ち、他人の出方で幸せになったり不幸になったりしては、私は環境の奴隷でしかない。人間と生まれたからには、どんなところに置かれても、そこで環境の主人となり自分の花を咲かせよう、と決心することができました。それは「私が変わる」ことによってのみ可能でした。

いただいた詩は、「置かれたところで咲きなさい」の後に続けて、こう書かれていました。「咲くということは、仕方ないと諦めることではありません。それは自分が笑顔で幸せに生き、周囲の人々も幸せにすることによって、神が、あなたをここにお植えになったのは間違いでなかったと証明することなのです」

私は、かつて” くれない族 ” の自分と訣別(けつべつ)しました。私から先に学生にあいさつし、ほほえみかけ、お礼をいう人になったのです。そうしたら不思議なことに、教職員も学生も皆、明るくなり優しくなってくれました。

「置かれたところで咲く」この生き方は、私だけでなく学生、卒業生たちにも波及しました。結婚しても、就職しても、子育てをしても、「こんなはずじゃなかった」と思うことが次から次に出てきます。そんな時にも、その状況の中で「咲く」努力をしてほしいのです。

どうしても咲かない時もあります。雨風が強い時、日照り続きで咲けない日、そんな時には無理に咲かなくてもいい。その代わりに、根を下へ下へと降ろして、根を張るのです。次に咲く花がより大きく、美しいものとなるために。

渡辺和子著『置かれたところで咲きなさい』より引用

オリンピック金メダリストの高橋尚子さんの高校時代の監督でもあった、 中澤正仁氏が彼女に日頃から伝えていたコトバも思い出す。

何も咲かない寒い日は下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く
有名なコトバだが、一つ一つ丁寧に積み重ねて行けば、必ずどこかのタイミングで突破口は開けてくる。いつも幸福は全力で頑張って手をのばした一歩先にあると言われている。だからこそ、根を貼るときも必要だと教えられる。

Nさんからいただいたコトバの裏に、たくさんの愛があふれていることを感じさせられた日でした。シアワセをありがとうございます(^^)


大嫌いな父(中編)。投稿720日目

大嫌いな父(中編)。投稿720日目

前編をご覧になっていない方は下記のリンクよりご覧ください。

数年後、私はあることがきっかけでまた父と向き合うことになった。
それが、宇治の一般練成会を受講したことだ。10日間住み込みで真理を学ぶ合宿所。仕事につまずき、初めて行ったときは、いかにも怪しい場所に飛び込んでしまったという印象だった。

ありがたくもないのに、「ありがとうございます。」と言われたり、お肉が一切出ない精進料理のような食事に戸惑ったりした。こんなところに来て一体何が変わるのか?と思っていたが、不思議と5日目くらいには慣れてしまった。

理由は今帰っても仕方がなかったのと、こんな落ちぶれた人間でも受け入れてくれたことが嬉しかったからだ。周りは知らない人ばかりだけど、ボクの話を聞いてくれる。そのことがありがたかった。

10日すぎたころには、既に回復して元気を取り戻していた。しかし、練成会で一つだけできなかったことがあった。父との和解だ。
”和解”とコトバで書けば簡単だが、頭で謝るとか、ごめんなさい!!というレベルではない。真に心の奥底から湧き出てくる絶対的な感謝。これが真の和解。今まで自分の考え方が違っていたと教えられたが、ここに向き合うのがどうしても難しかった。

とはいえ、仕事も休職中していたので、次の月も10日間練成会に行くことに決めた。また新しい発見や出会い、感動が生まれるという期待が心のどこかにあった。

浄心行の講話の際、「憎しみ・怒り・苦しみをありったけ紙に書いてください。もし書いている途中で、ちょっとでも感謝できることがあったら、それも書いてください。書けない場合は、憎い相手の立場に立って、きっとこういう風に考えてくれていたんだろうなーと想像しながら書いても大丈夫です。とにかく書きましょう!!」

ありったけの憎しみをぶつけた。

浄心行とは、心にある苛立ちやモヤモヤ・憎しみを紙に書き出して、お経を唱えながら、紙を燃やして心を浄める神聖な行事のこと。

初回の練成会のときは、浄心行用紙20枚書いた。とにかく腹が立って仕方の無いこと、自分のふがいなさ、憎い相手のことを紙が破れるくらい書いた。もう、燃やす前にすべてスッキリした。

今回も同じように書き始めた。憎い父親のことをこれでもかというくらい罵った。恨みしかない。自分のことを悪く言ってきた、見下してきた、バカにしてきたお前になぜ感謝ができるのか。そのことばかりが頭をよぎっていた。

その時、なぜか初めて父親の立場に立って書いてみようと思った。
講話を聞いてからなのか、分からない。

キツく言ってきていた父親。裏を返せば、自分の成長を見込んでくれたのか。
酔っ払ってグチグチとあたってきたのは、色々と仕事や人間関係の中で寂しさを感じていたのではないか。
もしかしたら、弱い自分に子どもの頃の自分を重ねていたのかもしれない。

不思議と紙にスラスラと想像ではあるが、書ける。今まで想像もしていなかった父の姿が出てきた。父への憎しみは変わることがなかったが、自分の中では一歩前進した。

果たして大嫌いな父に感謝できるのか?
今回も同じ結果に終わってしまうのではないか。
不安と憎き姿の父がいつまでも脳裏をよぎる。

そして、夜の19時40分。
舞台は浄心行へと移動する。
(・・・続く)


ブックカバーチャレンジ最終日『生長の家の信仰について』投稿706日目

ブックカバーチャレンジ最終日『生長の家の信仰について』投稿706日目

やはり今の自分があるのは、生長の家に触れたからだ。
ブックカバーチャレンジチャレンジ最終日。

谷口清超先生著『生長の家の信仰について』。

なぜこの本にしたかというと、行き詰まったときに恩師が示してくれた一冊がこの本だったからだ。ユーモアあふれる書き方と豊富な体験談・時事情勢から真理を説いてくださっている。

谷口雅春先生の著書は霊的部分で書かれていることも多く、ちょっとやそっとでは理解するのが難しいところもある。それを分かりやすく伝えてくださっているのが、清超先生だ。

以前にも書いたことがあるかもしれないが、前々回の講習会後に自分の行くべき道を見失ってしまったことがある。生長の家に就職したのに、自分のやりたいことができない、求めている信仰が得られないことへのギャップがあった。

正直言えば、教化部を何度辞めたいと思ったことか。自分はここで本当に必要とされているのか。そう考える日々がたくさんあった。

そのときに、当時の教化部長からアドバイスをいただいて、読み始めた本がこの『生長の家の信仰について』。この本をボクの席の横に座って、輪読してくれたのだ。

仕事中だったのだけど、ボクの想いを察してくれたのか、読んでは解説を入れていただき、生長の家の信仰の素晴らしさを伝えてくれた。その姿勢に涙したのを今でも覚えている。

正直言えば、ここに書かれていることは、宇治でも学んでいたので分かっているつもりだった。しかしながら、分かった!!と思った時点では本当に分かっていない。とよく言われます。

「信仰は、触れたときは素晴らしい教えと知ってグングンと伸びる。だが、日を重ねていくことに段々となれてきてしまう。自分はもう伸びないんじゃないか。とか、これ以上やっても仕方ないんじゃないか。って。でも見えないところでは成長している。だから、神様を信じて三正行を続けて行きなさい。」

恩師のコトバを聞いて、時間があるときには聖典を読みふけった。意味が分からないところもあったが、読み続けていくうちに自分自身も少しずつ元気になっていった。

あれから3年。恩師は既になくなり、自分自身も青年会事務局長を拝命し、また光明実践委員として、指導する立場にもなった。まだまだ知らないこと、やれていないこともたくさんある。

しかしながら、この本を見るたびに、恩師がお話してくださったことを思い出す。 「見えないところでは成長している。だから、神様を信じて三正行を続けて行きなさい。
一見、現象的には何も変わっていないように見えても、神様はきちんと見てくださっている。気持ちが腐りたくなるようなときこそ、神様を信じ、祈りかつ行動しよう。日々の積み重ねが大きなところへたどりつく第一歩。

「生長の家の信仰は世界最高の教えだ。間違いない!!」
この本とともに、恩師が口酸っぱく言ってくれたコトバが今日もこだまする。
濵山正幸先生、いつも見守ってくださりありがとうございます。


ブックカバーチャレンジ⑥ 『営業の魔法』投稿705日目

ブックカバーチャレンジ⑥ 『営業の魔法』投稿705日目

営業マンをやっていたとき、とにかくどうやったら売れる話術ができるのか、モノを買ってもらえるようになるのか、そればかりを考えていた時期があった。

ある意味、お客さんの要望には応えるが、自分の成績のことがチラついて、その人の人生設計やこの人にどう喜んでもらえるかというものは、二の次。今思い返せば、最初の頃はひどい営業マンだった(笑

アフターフォローもろくにぜず、買ってもらうときには頑張る。こんな失敗をよくやっていたものだから、本当に大切なことに気がつくのに随分時間がかかりました。

さて、ブックカバーチャレンジ6日目。
本日は、中村信仁著『営業の魔法』を紹介します。

皆さんは魔法を信じますか? 魔法と言っても、手からビームがでるわけではないし、かっこ良くなるようなおまじないをかけられるわけでもありません。

この本は、半年間売り上げゼロの新入社員の小笠原が、全身からオーラを放つ、スーパー営業マン紙谷と出合い、営業についてのレクチャーを受けるという内容だ。

前半は、人間力の向上、後半は実際に商談で使える話法について書かれている。自己啓発本というよりも、小説のようなやりとり。営業マンをやっている人なら、こんなことあるあるという内容てんこもり。

読み進めていくと、ダメ営業マンがやりがちなことを自分もやってしまっていた。例えば、商品を売りたいがために、めちゃくちゃしゃべってお客さんの要望を聞かない。最後のクロージングで、沈黙が怖いがために、余計なことを言ってしまい、あと一歩のところで破断してしまうことなどがあった。

何年も営業をやってきていても、自分は大丈夫と思い込んでしまいがち。どんな仕事でも長年続けていくと慢心がどこかで出てしまう。だから、読書をすることでアップデートして、磨きつづける必要があります。

『営業の魔法』にもこう書かれている。
勝手に創り上げた自分の限界は、常に破り続けなければならない。
もうこれでいいやと、ココロのなかで安定を求めてしまっていたのかもしれない。これ以上は成長は見込めない。何をやってもダメだ。そう思った先に、まだ見ぬ自分が隠れている。

この本の内容通りの場面になったときに、同じようにやってみると、これがまたうまく行く。狙ってやったわけではないが、大きな商談に結びついたこともあった。テクニックや知識もあることに超したことはない。

ただ、一番大切なのは、その人の人間性に他ならない。
この会社から買うのではなく、あなただから買いたい。そう思ってもらえたら、自然と売り上げも増えていきます。営業を通じて、シアワセを提供する。

営業を卒業して読み返してみても、ここに書かれていることは金言ばかりだ。
色んな人に『営業の魔法』を知ってもらいたい。何でも叶う魔法ではなく、叶えるためにどうするかを教えてくれる魔法。

最後は、ボクが好きな文章で締めたいと思います。

営業の神様は、必ず試練を最初に与えます。しかし、人が受ける試練というものに乗り越えられないものはないんです。その人のレベルに合わせて試練は訪れます。そして、必ず試練のとき、人は『ご縁』をいただきます。必ず誰かと出会うようになっています。(・・・中略)
人との出会いはすべて必然です。そして、それは成長のための必然です。

営業の魔法、紙谷のコトバより抜粋。

すべての出会いにありがとう、すべての喜びにありがとう。


ブックカバーチャレンジ⑤ 『自助論』投稿703日目

ブックカバーチャレンジ⑤ 『自助論』投稿703日目

外出自粛も慣れてはきたが、ここ最近どうもカラダの疲れが抜けない。活動自体はオンラインに切り替えて行っているのだが、いわゆる5月病のシーズンにやってきたようだ。

そういえば、16日に36歳の誕生日を迎える。30代後半はこういう大人になっていると思ってみたが、蓋を開けてみれば色々と予想とは大きくかけ離れていた。

別にお金持ちになっているわけでもないし、偉い役職についているわけでもない。ましてや仕事も宗教の団体職員をやっているのだから、20代のボクが見たら本当に驚きだろう。それぐらい人生の航路は行き先が見えにくい。

だからこそ、人生は自分の手でしか開けない。こう書かれているのが本日紹介する本。サミュエル・スマイルズ『自助論』

天は自ら助くる者を助く。というコトバを聞いたことがあるだろうか?
国語や英語の授業でちょっと耳にしたことがある方も多いと思う。
他人に頼らず、自立して努力する者には天の助けがあり、必ず幸福になるという意味

実は、本の冒頭にこのコトバが書かれている。ハッキリ言うとこの本は厳しいコトバでたくさんの金言が書かれている。たまに渇を入れてもらいたいときは、よくこの本を見返す。谷口雅春先生著『青年の書』で真理の往復ビンタを食らうくらいありがたい。

しかしながら、読んでいてこれほど勇気と活力をもらう本はそうない。
どこか生長の家と似ている箇所もある。

「作物を刈り取るには、まず種をまかなくてはならない。その後は、収穫の時期がくるのを忍耐強く待ち続ける必要がある。そして多くの場合、いちばん待ち望まれる果実ほど実を結ぶのは一番遅い。(中略) 根気強く待つ間も、快活さを失ってはならない。」

苦労の果てに勝ち得たものこそ本物。」

人に何かをしてもらいたいと望むなら、自分が率先してそれをやるべきです。口先ばかり達者でも何の役にも立ちません。」

見ている方も思わずドキリとするコトバだろう。生きるために必要なコトバが、600円近くで得られるのであれば、安いもの。ぜひこの本は本棚に入れてほしい一冊。

よく本になんてお金をかけていられないという人がいるが、それは大きな損をしている。検索エンジンなどで単語を入れたら、速攻で回答は返ってくる。ただ、簡単に得られたモノほど自分の身にはならないし、すぐに忘れてしまう。

その点、読書は読み進めるのに時間はかかるし、自分の必要な部分にたどり着くまでには、読解力も必要になってくる。考える力が養われたり、自分の知らないコトバ、世界、価値観を教えてくれる。

『自助論』も読んでいてそうだった。厳しいコトバばかりで思わず目を背けたくなる部分もある。ただ読み進めていくうちに、私たちの人生に必要な種を与えてくれるし、経験値を上げてくれる肥料も与えてくれる。

しかしながら、ここに書かれていることを行動しなければ、良い実を結ばない。
天は自ら助くる者を助く。努力の先には必ず神様が導いてくださっています。神を信じ、自分を信じてこれからも行動していきたいものだ。


ブックカバーチャレンジ④ 『子どもの心に光を灯す 日本の偉人の物語』投稿702日目。

ブックカバーチャレンジ④ 『子どもの心に光を灯す 日本の偉人の物語』投稿702日目。

学生の頃に、歴史能力検定の世界史と日本史の2級を取りました。
特に世界の歴史が好きで、教科書以外でも偉人や伝記の本を読みこんだ。世界にはこんなにすごい人物や将軍、武将、軍師、戦いがあるんだなーと、学生ながらに興奮した記憶がある。

30歳を超えた今、昔覚えた歴史上の人物もボクの成長の歴史とともにどんどんと抜けてしまっている。勉強しないとどんどんと抜けてしまう(笑
だから、学校を卒業してからが本当の勉強のはじまりです。

ブックカバーチャレンジ4日目。今日、ご紹介したい本が
白駒妃登美著『子どもの心に光を灯す 日本の偉人の物語』

東京にある、”読書のすすめ”という本屋さんが紹介していた一冊。
この本屋さんは、自分の気に入った本などを店頭に並べたり、お客さんが買いに来られたときも、店主自らオススメの本を紹介する面白いところ。自分の知らない世界を新しく知るきっかけとなった。

「生きる力が湧いて来る15の物語」
15人の歴史上の人物が登場し、それぞれのテーマに沿って、物語が紹介される。文章量的には子どもが読むというよりも、親と一緒に学んでいくという内容。

その中の一人に、立花宗茂という人物が書かれている。戦国時代が好きな方ならご存知だと思うが、生涯無敗の武将と知られ、義を貫いた男。また筑後地方(今の福岡県)の柳川領主として、居を構えた。

ちなみに『名将言行録』では、「人となり温純寛厚。徳ありて驕らず。功ありて誇らず。人を用ふる、己に由る。善に従ふ。流るるが如し。奸臣を遠ざけ、奢侈を禁じ、民に撫するに恩を以てし、士を励ますに、義を以てす。故に士、皆之が用たるを楽しめり。其兵を用ふるや、奇正天性に出づ、故に攻めれば必ず取り、戦へば必ず勝てり」と記されている。

有名な関ヶ原の戦いでは、西軍についたが、裏切りなどがあって実質半日ほどで勝負がつく。立花宗茂の居城も大軍に取り囲まれて、抵抗すればするほど犠牲者が続出。もう勝負は決してしまっている。

このまま戦って果てるか、降伏するか。このとき、彼が取った行動は初めての降伏。それは家臣や領民を守るための大きな決断でした。

家康の戦後処理は厳しく、立花家はお取り潰し、宗茂自身も浪人になりました。しかしながら、武勇に優れた彼を天は味方しました。
家康・秀忠に働きを認められて、関ヶ原の戦いから20年後に柳川領主として、再び返り咲くことになりました。長い歴史の中で、一度取り潰しにあい、旧領に復帰したのは、立花宗茂、ただ一人。とても稀なことです。

故郷に帰ってきたときには、たくさんの群衆がつめかけました。
20年前に領民を思い、苦渋の決断をした宗茂のもとにも、同じような光景が広がったそうです。そこには立花宗茂という男の器と愛される城主としての帰りを待ちわびた喜びに溢れていたことでしょう。
歴史を紐解いていけば、素晴らしい物語と人間ドラマがそこにはあります。白駒さんは著書や講演を通じて、歴史の大切さを伝えている。

著書の帯には、小学5年生のコトバでこう書かれている。

「2年生の時ちょっといじめられて仲間はずれにされたりして、死も考えたことがありました。でもこの白駒先生のおかげで今を生きよう、と思えることができました。そして私も命がけで守るものを見つけたいと思いました。」

歴史を学ぶことは、人生を学ぶこと。
人間関係、仕事、家族・友人関係など様々な問題がこれから先あるかもしれないが、同じように先人達も歩んでいる。そんなときは、思い切って歴史上の先輩の胸を借りて見るのもいい。一人で悩まずに、歴史から学んでみるのもまた乙なモノだ。


新たな風が吹く。投稿690日目

新たな風が吹く。投稿690日目

昨日、1通のメールが送られてきた。
たくさんの内容の中があるなかで、この内容は衝撃的だった。

新型コロナウイルス感染拡大の問題が収束するまでの間、限定措置として、組織運動上の以下の問題に関わらず、「オンライン行事」を積極的に開催する。

1講師派遣に関する問題(手続き、教階)
2参加者の地域・所属組織の問題

この場合の「オンライン行事」とは、「インターネット上の SNS 等、双方向の情報交換手段を利用した会議、投稿、輪読、講話形式を用いた行事」を指す。
なお、「オンライン行事」についての報告は、3月 18 日付の通達にある「オンライン行事報告フォーム」による。また、指導講師の教階による制限および参加者の所属教区による制限はないものとする。参加者数の枠については、今後決定する。

メールより抜粋。

簡単に書くと、5月から期間限定ではあるが、オンラインであれば誌友会やミニイベントなどを行う場合、どこに参加してもOKになった。組織問わず誰もが参加できる。

例えばボクが他教区の誌友会に参加したり、話に行ったりすることもできてしまう。また逆もしかり。これは大英断と言っても過言ではない。

ボクは現在2つの誌友会を毎月開催しています。
実はオンライン誌友会にシフトチェンジしたとき、県外から参加したいというお声を色んな方からいただいた。それだけでもありがたいことなのだが、その時は丁重にお断りした経緯がある。

誌友会の空気が大きく変わってしまう恐れと、始めたばかりだったので対応しきれないという理由からだった。いつもなら速攻でやってみようという気持ちになるのだが、 会場リーダーとしては、少し迷いが生じている。

頭に浮かんだのは、今まで誌友会に参加している人が果たして喜ぶのか。ということだ。 誌友会はその場に来るだけではなく、日頃からのメールや電話、対面での交流もすべて繋がっていると考えています。

色んな人が入ってきた場合、意識が分散してしまい、打ち上げ花火感になってしまうのが怖い。地元を大事にしろと言われてきただけに、単発では盛り上がるかもしれないが、長期的に見た場合、果たしてどうなるのか。予測できない部分もある。

ウダウダと書いていますが、決して否定的ではありません。他県から地元の誌友会への参加は迷っていますが、全国の仲間でつくる誌友会はやってみたいと思ってます。そうすると、講師は大変かもしれないが(笑

オンラインだからこそできる新たな可能性が広がった。
色々と情報交換をしつつ、進むべき道を模索したいと思います。

オンラインでもつながる喜びがある。

まさふみくん。投稿679日目

まさふみくん。投稿679日目

ついに、彼のことを書くときがきた。
「今度書くので、よろしくね」と伝えてから、かなり日数が経ってしまった。

別に忘れていたつもりはないが、それぞれタイミングというものがある。
すぐに思いついて書ける人もいれば、じっくりと腰を据えて書く人もいる。
大変お待たせいたしました(^^)

先頭に立って愛知教区青年会を引っ張ってくれている、 まさふみくん。
ボクが休職して、青年会のお手伝いで作業をしていたときに出会った。

当時は顔が分からなかったので、金沢事務局長に聞いた。
「ごめん、あの人は誰??」
「彼はですね、まさふみさん。青年会で副委員長をやっています。年齢は20代で・・・。」
「え?20代?それで役職をやっているの?すごい!!」

話しているうちに、目が合ったので、「あ、はじめまして、秋元です。」と伝えた。笑顔で二言、三言応えてくれた。記憶が間違いなければ、笑顔だったはず(笑

青年会には、こんな素晴らしい20代がいるのか?
ボクが20代前半の頃はどうだったか。恥ずかしながら書いてみる。

・女の子にどうしたらモテるのかを考える。
・先輩の影響でクルマを買って改造に明け暮れる。
・デートに誘うために、メールと喋る練習をひたすらやる。

うん、恥ずかしいわ(笑
しかも、今と違ってすごくオドオドしていたので、昔を知る人は、だいぶ
マシになったと言ってくれる。それに比べて、目の前にいる男の子の落ち着き
ようは何なんだ。比較してはいけないが、比較したくなる(笑

この出会いから数年後。イインチョーとジムキョクチョーの関係で、
活動していく同志になるとは、このときは思ってもいませんでした。

彼とは組織のことを話すことが多いので、改めて本人の讃嘆のコトバを
文章にするのは、久しぶりかもしれない。

とにかく、人望が厚い。県内のみならず、全国の青年会のメンバーから、
まさふみ委員長のことをよく聞く。

「彼はすごい!! 」
「着眼点が違う」
「色々と考えている」

年下ながら、頑張っている姿を見ると尊敬します。
ボクに、まさふみ委員長を紹介してくださいと言われたこともあった。
おいおい、本人に直接いえばいいのに(笑
それぐらい人気があるということは、喜ばしいことだ。

打ち合わせなどで、意見がまとまらないようなときでも、自分なりにしっかりと意見を出して進めてくれる。こういうところは、すごく頼りになる。
日頃から勉強をしていて、メンバーに対して、分かりやすいコトバで伝えたりしている。

一番の思い出と問われたら? たくさんありすぎて、ひとつに決められない。
特に印象に残っているのは、一緒に企画した青年練成会。

よくブログに青年練成会のことを書きますが、ボクにとっては本当に思い出深いものです。6ヶ月間、試行錯誤し、悩みながらも企画を進めていった。

行事中、喜びを噛みしめる時間がなかったが、一番最後の握手で「本当に最後までありがとうございます!!」と伝えてくれたとき、多くを語らずとも分かり合えたことは今でも忘れない。

これがベストショット。この時のボクが太い(笑

話は変わるが、最近、雅史くんが文章を書き始めたようだ。
「ブログ続いてますね。文章を書こうと思っているのですが、なかなか進まないです。」
「あー、この本読むといいよ。(ネット通販のページを見せながら) 役にたつかもしれないよ。」と勧めた。

すぐに購入して読んだようで、
「雅晴さんの勧めてくれた本、読みました。結論、さっさと書けってことですね(笑。やってみます。」と言ってくれた。

数日後、文章がアップされていた。
読んでみると、すごく上手な文章を書いていた。思っていることがひしひしと伝わってくる。

ちなみにボクが勧めた本なのですが、ボク自身読んでいません。(笑
買ってみようかなと思っていたところに、悩める青年がいたので、勧めてみたまで。素直にアドバイスに従うところが、彼の良いところかもしれません。

彼の文章、貼っておきます。分かりやすく書かれているので、読みやすいです。あ、まさふみくんに許可をもらっていなかった。まぁ、問題ないと信じて、このまま載せておきます。発信は想いを伝えるためにありますから。

https://note.com/msfm1132/n/necf942f0a701?fbclid=IwAR2hpfTMt33bsN3nW0wfXFQZhLMtBU7_0JUUaWR9UQxnzGa5qvp7vdfWqMM

イインチョーのnoteより

最後に、まさふみくんの良いところを箇条書きに書いてみました。

  • イケメン
  • それでいて、笑顔もいい
  • 人を惹きつける、ナゾの魅力
  • あらゆる年代からも慕われている
  • 話がウマい。
  • ボクよりデスクワークが得意。交代しませんか?
  • よく勉強している
  • 色んなことに挑戦していて、ポジティブ。
  • あらゆることに対応できる、臨機応変さ。
  • ひとりひとり丁寧に向き合う
  • ギャグがちょっとすべるところがある
  • マジメかと思いきや、意外とノリがいい
  • No more 映画泥棒の動きの完成度がヤバい(笑
  • みんなから愛され、頼りになるオトコ。

一番、誰よりも忙しいけど、誰よりも青年会のメンバーのことを考えてくれるまさふみくん。イインチョーとして、これほど頼りになる人はいません。

以前と比べると、性格も円くなったような気がします。それだけ、支えてくれるたくさんの仲間ができて、心境の変化もあったかと思います。昔は昔で良かったけど、今のほうが断然いいです!!

コロナウイルスの影響で難しい状況が続きますが、みんなが笑顔で乗り切っていけるように、お互い頑張っていきましょう。

オレたちのリーダーは、最高だ!!

最大級のピンチを、最大級のチャンスへ。投稿669日目

最大級のピンチを、最大級のチャンスへ。投稿669日目

「いつになったら会えるようになるんだろうね。」
友達や会員さんとの会話で、こんなコトバが出るようになった。
安心して会える日が来るのはいつになるだろう。

5月17日に開催予定の岐阜教区・愛知教区の講習会も中止となった。
その連絡を受けて、少し安堵したのと同時に落胆した。

分かってはいた。この状況ではどうしようもできない。ただ頑張ってきた分、やり場のない感情をどうしたらいいのか。ここ数ヶ月、見えない雲をつかみにいくようなもので、漠然とした感じだった。

今回はいつもの推進と違った。改めてなぜ講習会に参加するのか。推進するのかというところからスタート。当初、このやり方にはかなり戸惑った。

みんなが納得して動いて行こうというところまで待つ。
ただ、事務局はそうはいかない。周りは動いていなくても、動かしていかないといけない。常に見えないプレッシャーと向き合う。

ギリギリまで待っても、推進が全然始まっていない感。しかし日にちは刻々とせまる。その中で自分は力を出せないでいた。そんな中で決定された今回の中止。脱力感だけが残った。

自分がこんなにも推進できなかったのは初めてだろう。残り1ヶ月を切った状態で、全く自分が動けなかった。これから先、こんな調子でうまくいくのだろうか。不安だけが脳裏をよぎる。

幸い、こんな状況でも推進を頑張ってくれた人、声をかけた人はいた。
講習会を楽しみに待っていた方がいた。

推進者でもあるAさんに、中止の連絡をすると、案の定落胆していた。
「先程うちの地区の中学生に講習会中止とお伝えしたらがっくりされてました。
明日は高校生や○○さんに伝えますが緊張してます、、。」

こういうメールが来ると、さすがにツラい。しかしながら、こういうときこそ一人ひとりに向き合っていくことが大切。自分が労わないで誰が労うんだ。丁寧に謝罪と感謝のコトバを伝えさせていただいた。

講習会は中止になってしまったが、生長の家青年会全国大会は、開催形態を変更しての、期間限定オンライン配信となった。

今は最大級のピンチだが、最大級のチャンスでもある。このチャンスを活かさない手はない。これによって、今まで参加できなかった方が見られるようになり、お話を聞ける機会や可能性がグッと増える。


行くことが難しかった、誌友会メンバーにも声をかけやすくなった。ありがたい。また推進に力を入れていこうと思う。

「 いつになったら会えるようになるんだろうね。 」
これから先は、誰も分からない。ボク自身も分からない。暗闇のように見えても
もがき続けていれば、必ず光は差してくる。人と人とのつながりは、見えなくても繋がっている。

まずは目の前の相手から愛を伝えよう。
最大級のピンチを最大級のチャンスに変えて。

大丈夫、あなたは決してひとりじゃない。