心の渇きを潤すのは・・・。投稿576日目

心の渇きを潤すのは・・・。投稿576日目

書きたい熱で溢れている。12月の年の瀬。間近に迫った、小学生一泊見真会の準備、来年の運動計画、誌友会開催、出講準備、家庭訪問、年末に突如襲ってくる飲み会・懇親会など、数え上げれば枚挙にいとまがないほど予定が入り込んでいて、自分自身も毎日ついていけていない状況。
なのに、ブログを綴っている。色々なことで追われている今だからなのか、忙しいことを少しでも忘れたいのか、分からない。急にやってくるので、止めようにも止められなさそうだ。

同じように、止められない衝動がある。それが活字だ。文字?と感じるかもしれないが、簡単に言えば、無性に本が読みたくなるってこと。読書好きなら、この急に来る読書熱を分かってもらえるはず。「活字中毒(活字病)というコトバがあるくらい、急に活字がほしくなる。知識がほしくなる。甘いものが無性に食べたいっていうのと同じように、急に本が読みたくなる。そんな感覚。

最近、自分にとってすごくピッタリの本を読んだ。三浦将著『チームを変える習慣力』

色々と本の趣向がバレてしまいますね。

いい本ないかなと、まとめて買ったうちの一冊。この手にありがちな、頑張れ系や歯を食いしばって行動しろ、逐一報告して促せという類ではない。
人間関係を縦ベース(トップダウン)ではなく、ヨコベース(人をヨコ同士の関係として見て、相手を一人の人間として認める)ことの重要性が書かれていた。

そして、冒頭に書かれていたコトバが、”自己変革とは習慣を変えることである”だった。習慣を変えることの必要性は色々と学んでいた。ただ、今ひとつピンときていなかった。それは自分自身の立場に置いていかなかったからかもしれない。

さらに進んでいくと、傾聴の習慣化という項目にはこう書かれていた。
”共感とは相手の気持ちに同調することではなく、どうしてそう感じるのか・そう思うのかということについて、積極的に理解しようとする姿勢があること。”
ここを読んだ時に、果たして自分は相手としっかりと向き合えているだろうか、忙しいからと、表面的なことばかり話ししていて会員さや目の前の方を大切にしているだろうか。一人ひとりの気持ちを尊重していただろうか。など様々なことが溢れ出てきた。
そう自分に置き換えたときに、ああボク自身もこの変化に対応しないといけないなという気持ちになった。今、自分なりに見直して、よい方向に向かうよう取り組み始めている。目的ができたからこそ、新たな習慣化がスタートできた。

読書をして、自分にフィットする感覚を久しぶりに味わった。本当に感動した本に出会ったとき、めくるのもすごく楽しくなって、吸収したい!!でも終わってほしくないも気持ちが出る。この本の構成は見事で、この情報がほしいなって思ったら、見事に当てはまって、久しぶりに一気に読んでしまった。こういう組織というか関係性ができたら、もっと変わるだろうなと感じました。

そのことがきっかけで、また活字が欲しくなった。こういう感覚は喜多川泰の『書斎の鍵』以来だろうか。もし本が好きな方は、喜多川泰もお勧めします。
『書斎の鍵』は、本の構成も見事で、感動すら覚えます。知らない方はぜひ読んでほしい。
またアツく語ってしまった。本当の意味で、心の渇きを潤すのは、良書を読むことに他ならない。


母が繋いだ、小さな愛 投稿575日目

母が繋いだ、小さな愛 投稿575日目

1か月前に、教化部に電話があった。「息子が青年会に入りたい。どうしたら良いか?」と年配の女性でした。詳しく聞くと20代の息子さんと暮らしていて、宇治の練成会に息子と参加してきたとの内容だった。本当に不思議なご縁で青年会入会という出来事だった。

女性のお姉様が間に入ってくださり、青年会入会の手続きは終わったが、直接会って話がしたいという気持ちがとても強くなり、昨日訪問。会ったことがなくて会員になられた方に会いに行くのは初めての経験でした。
訪問した際も、ボクを快く招いてくれたことで、緊張することなく話を始めることができました。

聞けば、生長の家の行事に参加するのは、約20年ぶり。その前は赤ちゃんのときに母に連れられたときでその時の記憶もないくらい。病気の母に対して、親孝行したいという思いが生長の家の練成会に参加したことが再び、生長の家に帰ってくるきっかけとなったそうだ。
親孝行したい!!それはボク自身も4年前に宇治の練成会に初めて参加したとき、今まで仕事漬けだったボクがつまずき、苦しくなり休職を余儀なくされたとき、初めての親孝行で連れて行ったのが宇治の宝蔵神社だった。だから彼とどことなく不思議な縁を感じました。

全く何も知らないことばかりだったので、聖使命会員や青年会がどんな組織で、どういうことをやっているのかなど丁寧に説明しました。終盤にさしかかったところで、「でもどうして青年会に入ろうと決めたのですか?? いきなり入るってなかなか決断できないと思いますけど・・・。」と伝えました。
すると「先日亡くなった母との約束なんですよ。病院で母が生長の家のことを話してくれて、そこで青年会のことを知りました。よく分からなかったし、何をやってよいか分からなかったけど、母から青年会を勧められて、迷ったけど入る!!って言いました。それを伝えたときの母の顔はとても喜んでいたんです。だから青年会に入りました。」と話してくれました。

思わず目頭が熱くなりながらも、「きっと、あなたが入ってくれたことでとてもお母様は嬉しかったと思いますよ。(大調和の神示の書かれた紙を見せながら・・・)ここに、汝ら天地一切のものに和解せよ。に書いてありますよね。和解とは感謝のことなんです。心の底からの感謝なのです。でも神に感謝しても父母に感謝し得ないものは神の心に叶わぬ。って続くんです。つまり本当の意味で、あなたがお母さんのことを想い、寄り添い、親孝行したこと、そして生長の家青年会に入るって決意してくださったことは最大の親孝行だったと思います。だから、そのお母様が繋いでくれた大切なものをどうぞ忘れずになさってください。ボクもそのお母様から繋いでいただいたものを通して、青年会で一緒に学んでいけたら嬉しいです。青年会に入ってくれてありがとう!!」と握手しました。

用意したコトバとかではなくて、自然と伝えられたことが何よりも嬉しく、その後は雑談や趣味の話で盛り上がり、気が付けば2時間半ほど経っていました。
帰り際に、地元で生長の家の真理を学ぶ誌友会をお伝えして「一度来てみませんか?青年会のメンバーや雰囲気がよく分かります。」と色々と提案したところ、「1月に行ってみます。」という嬉しいコトバを聞くことができ、青年誌友会初参加へと繋がりました。
外に出てから速攻で、委員長に電話で「あー、もしもし。委員長のところの誌友会に初めての方が行くのでよろしく!!」と相談する前に、行くことを決めてしまったのは内緒です。(笑 もちろん、初めての方でも安心して参加しやすい誌友会と知っているからです。

たくさんの仲間と出会い、学ぶ。それが青年会の素晴らしさ。

宇治の練成会から、青年会へ。類は類を呼ぶ。本当にありがたいことです。また一人、新しいシアワセが愛知教区青年会へやってきました。これからもこの小さな愛を大きく育てていきたいと思います。


あなたのイライラ解消しました。投稿574日目

あなたのイライラ解消しました。投稿574日目

朝の時間や帰ってきたとき、寝る前などにブログやSNSを見る方も多いだろう。
それくらい、スマホの利用率は高いと思う。それがお気に入りだったら、なおさら隅々まで見てしまうはず。

ボク自身が、言うのもなんだが、このブログ、スマホで見ると文字が小さすぎてよく見えない!!自分で書いたのも関わらず、スマホで見返してみると、読む気が失せる(笑
にも関わらず、誰一人文句も言わず、たくさんの方に見ていただき、さらにはコメントもいただだけるという書き手にとっては、これ以上のコトバも出ないくらい嬉しい。
皆さんよく我慢してくださったなとお詫びしたいくらいです。そんなみなさんの気持ちに応えたい!!そんなこともあって、いつかやろうやろうと思っていた、ブログのテコ入れを行いました。

まず取り掛かったのが文字の大きさ。パソコンで見ると大したことではないのだが、スマホなどで見ると文字が小さくなってしまうという問題があった。
そこでワードプレス(ブログ編集ソフト)を立ち上げながら、試行錯誤すること1時間。完成しました。

before スマホの画面で見ると、かなり小さい。
after 文字を見やすくしました。

いかがでしょう??
自画自賛するつもりはないですが、かなり見やすくなったのではないでしょうか。よく職場で印刷物を作成するときに、「文字を大きくしないと、年配の方や目が悪い方は見えないわよ。」と言われていたのを思い出しました。ありがたいことに老若男女問わず、色んな方にブログを読んでもらい、お褒めのコトバをいただくことも増えました。
今まで文字が小さくて敬遠しがちだったのが劇的に改善されたかと思います。

実は、スマホで文字を読みやすくするだめには、プラグイン設定というものが触る必要があります。簡単に言ってしまえば、目玉焼きを美味しく食べるために、そのまま食べても美味しのだが、さらにソースやしょうゆ、塩などの調味料から自分の好きなもの選んで、自分好みにする。というひと手間が・・・。これだけでも、ネットを見て過去の設定を見て・・・ってやっていたら1時間近くもかかってしまいました。

そして、このブログにはもう一つ、問題点があった。スマホで過去の記事をまとめてみたいとき、スクロールすると、画面が消えてしまう欠陥だった。見たい記事があるのに見られない。そこにたどり着くまでに苦労しないといけない。これは、だいぶ前から言われていたのだが、やっていなかった。正確に言うと、どうやって設定したか忘れてしまっていた。自分が見ていてもありえない設定だよなと感じていた。

色々とパソコンを設定すること、こちらも1時間。

スクロールしている途中に消えないようにしました。
これで過去のものも見られます。

本当に読者の皆様には感謝のコトバありません。すみません、おまたせしました。まとめてみたいときや過去にどんなことが書いてあるかを見たいときに、一気に見ることができるようになりました。海外ドラマ並みの中毒性はありませんが、ツラツラと私の思いが書いてあるので、また読んでもらえると嬉しいです。
”まっさーの浄円月なひととき”、あなたにとって素敵な喜びを伝えられますよう、鋭意頑張ります。


人生一つも無駄なことなんてない。投稿573日目

人生一つも無駄なことなんてない。投稿573日目

気がつけば11月後半。
Facebookではぽつりぽつりと呟いているものの、ある意味本業!?のブログが止まったまま、この時期に差し掛かってしまいました。すみません(笑

青年練成会が終わってから、目まぐるしく色々な出来事があった。喜びごと、考えさせられることなど、文章にしたら単行本が書けるんじゃないの?というぐらい、ステキなことで溢れていました。

その中で一つ嬉しい出来事があった。とある青年が、宇治の一般練成会に参加して、全期受講したことだ。参加したことがある方なら分かると思うが、宇治の練成会は10日間泊まり込みで生長の家の真理を学ぶ合宿所みたいなところ。勝手が分かる人なら、あーこんな感じでやればいいかと予測がつくが、全く知らない人にとってはまるでジャングルに足を一歩踏み入れたような感覚になる。

「宇治の一般練成会に行ってきます。」とラインでいただいたのが、今から半月ほど前。今までに見たことのなかった決意。その方自身も心の中で変わりたいという気持ちが強かったのだろうと思う。確か短期練成会(3泊4日)は全期受講したことがあるが、10日間は初めて。ボクは正直、最後まで頑張ってほしいという気持ちと、最後までもつかなという内心、親心の心境だった。

「最後まで練成会を受講すれば、絶対に変わるよ。途中で帰りたくなるかもしれないけど、そこを頑張ったら大丈夫!!」とエールを送った。

自分自身の経験から、初日と3日目、そして5日目に山場があることを知っていた。
なぜかというと、初日は緊張もしているし、どんな人が来るかも分からない。10日間続くかなという気持ちが強い。3日目はちょっと慣れてくるところで、やっぱり帰りたくなる気持ちがわいてきて、少しネガティブ状態になってしまいがち。そして、5日目の夜に浄心行があるのだが、ここを乗り越えたら、抱えていた色んなものが出て、最後までいける。だから、5日目まで何とかがんばってほしいという気持ちが強かった。

3日目くらいに一度、連絡しようかなと思っていたが、自分の予感は的中して、初日の夜、「不安が強いので、帰ります。」とメールが来た。いつもは優しく接しているのだが、それだとその子のためにならないと思い、思い切って、

「そんなんじゃ、いつまで経っても変わらないよ。時間をかけてそこを乗り越えるときが今じゃないの?たった1日じゃ不安はぬぐえないかもしれないけど、もう1日頑張ってみて。講話みんなと受けたくなかったら1人でどこかで話を聞いていてもいいので、とにかく最後まで乗り越えなさい。講師の先生にも相談して、頑張りなさい。」

とキツめのコトバを投げかけた。今までその子に対して言ったことのないような強い口調だ。ボクもこういうメールを送るのはツライ。しばらく返信がなかったので、もしかしたら・・・という気持ちが芽生え始めた矢先、「まだ頑張っています!!」と返信がきた。安心した。

次の日の夜にも、また帰りたくなった。とメールがきたが、いつもとは違うことが一つあった。お母さんに感謝できるようになった。と一言追加されていた。彼女の中で、心境が少しずつ変化していくのが分かってきた。

その後、山場を迎える、5日目の浄心行も乗り越えてから、送られてくるメールが劇的に変わった。書くと長くなってしまうが、とにかく周りの方への感謝・両親への感謝のコトバで溢れていた。そして、最後まで彼女は練成会全期参加を達成した。

ボクが4年前に前の仕事でつまずき、もう何もかも失い、ダメだと藁をもすがる思いで受けた宇治の一般練成会。当時、彼女と同じような心境で受けて、初日で帰りたくなったり、周りに知っている人がいなくてこの先どうするんだという不安の気持ちも強かった。しかし、気がつけば話す人も増えて、自分のことも理解してくださる人もいて、終わった頃には、練成会に来てよかった。と心の底から思えるようになった。そしてその経験を活かせたことが何よりも嬉しい。

魂のふるさと宇治。

この練成会を受けなかったら、彼女へのアドバイスもフォローもできなかった。だから、人生一つも無駄なことなんてないと改めて感じます。その彼女が宇治での体験や出来事をたくさん話したい!!と言ってくれた。また近々時間を作って会いに行く予定です。お話を聞くことで、彼女が次に向かう道標が生まれるとよいなと思ってます。変わった彼女の笑顔と喜びを聞くのが、今からとても楽しみです。


青年会が好きだから。投稿572日目。

青年会が好きだから。投稿572日目。

9月1日から愛知教区青年会の事務局長を再び3年やることになりました。ただ正直、ハイと言いながらもどこか心の中で「本当のハイ」を受け入れられなかった。
理由としては、数多くの喜びもあるが、色んな思惑や葛藤、踏ん張らないといけないこと、調子が上がらないムードでも自分や相手を鼓舞していくこと。”愛知”という名前に求められる看板の大きさ、この2年やってみてそれをものすごく感じたからだ。正直、引き受けることに迷いは相当あった。ただ、必要とされる限り、体力や精神力の持つ限りは頑張ろうと思い、今回も引き受けさせていただきました。それぐらい誇りと重責があるポジションだと感じている。

もうボクにとっても、最後の3年間になるだろう。実際は、終わっても卒業まで残り2年ある。でも、もうこの1期だけと決めた。この3年に自分のすべてを出し切っていこうと思っている。出し切った先にきっと答えがあると信じています。

色々とああしたい、こうしたい、こうやっていきたいということもめちゃくちゃ考えた。そうして至った結論が目の前のことに全力で愛を出すこと!!
それしかない。それしかできないって言ったほうがいいのかもしれない。愚直だけど、コツコツやることの大切さを教えてくれたのは、ボクが出会ってきた人たちの存在。

ボクが最も尊敬する営業マンの一人だった、名倉さんはとにかく面倒見がよく、お客さんのところをコマメに回ってはお世話活動(営業活動)をされていた。こんなに時間をかけてやって成果が上がらないじゃんと思っていた。でも先輩のあとを引き継ぐと、よく分かった。会う人会う人が名倉さんのことをとても信頼してくれて、何か困ったときは一番最初に名前が上がるほどだった。

そういう自分には生きる教科書があった。ボク自身はあまり人を褒めることは正直得意ではないし、やる気を引き出すことにも長けていない。でも、自らが行動し続けるところを見て、誰かに多くの人に共感してもらったり、行動に移してもらえる人が一人でも生まれてもらえたら嬉しいって思ってます。

とはいえ、色々な事情から青年会を離れる人が多い。就職、結婚、自分の生活の変化。そして青年会に魅力を感じなくなったなど、理由は様々。でも必要な時に戻ってくると信じている。だけど、自分から離れた人は戻ってくるのにどうしたら良いか迷ってしまう。だからこそ、そういう人の受け皿を作って、もう一度輝けるようにしていきたい。教化部に来られなくても、生長の家の信仰を行っている人もいる。青年会の中心メンバーとなっていなくても、お願いしたり会いにいけば、快く迎えてくれて話してくれる。繋がりができたら、あとはその繋がりに任せたい。そこの仲間たちが中心となって、その方が輝くからだ。ボクの役目はそこまで繋いであげること。

繋がりができるまでは、相手のことを思いやったり、調整したり、辛抱強く我慢したりと色々とやり続けないといけない。一人でいたり、ちょっと距離が離れている人、輪に溶け込みにくい人。関係性を築くには時間もかかる。何でこんな骨が折れることをやっているんだ?と頭で考えてしまっているけど、、それを打ち消すのはやはり”行動”しかない。事務局として周りをまとめていくことも大切だけど、やっぱり一人の活動者としてもできるだけ行動していきたい!!
日の目を見るのはボクではなく、目の前の人。こういう人に再びスポットを当てて元気になってもらう。全員は難しいかもしれないけど、この3年でなるべくそういう人たちをたくさん作れたらいいなと感じています。

だから周りに結構心配されることもあります。顔色も悪いときもあったり、しっかりと一人ひとりにじっくりと向き合うことで自分の時間がほぼなくなることもしばしば。正直ストレスも溜まることもある。活動をやってくれるみんなに申し訳ないと思うこともあります。
それでもボク自身は何か全力に取り組むこと、我武者羅にやることでここまできた。こういう人生を歩いてきてしまったので、理解されにくいのは否めない。それだけ自分自身が一番青年会が大好きなのだろう。今あるところに人生をかける。こういう男なんだ。いつか分かってもらえるといいな。

みんなの笑顔があるから、ボクも頑張れる。

それでも弱気になってしまったとき、夜中にも関わらず、尊敬できる方からメールをいただいた。
「そのままでいいんだよ!無理しないで!ってきっと多くの方に声かけてもらってると思う。でもさぁ、自分が信じた通りにやってみたらいいんだよ。失敗を恐れずにさ、堂々と自信を持ってチャレンジしてみて。何かを成し遂げた時、結果はどうであれ、きっと大きく生長出来てると思う。」

分かってくれる人はいる。こういうのが信仰のチカラなんだろう。神様を信じ、己を信じ、目の前の相手を信じる。
未来への種まき。人と人とが繋がる種まき。いつでも誰でもどこからでも安心して戻ってこられる場所(青年会)を護り、そして生長すること。それがボクの使命。っていつも固すぎか(笑
明るく楽しく、笑顔いっぱい愛知教区青年会事務局長として、残り3年頑張ります。皆さん、宜しくお願いします(^^)


減量。投稿571日目。

減量。投稿571日目。

またブログ、書きたくなった。と思えるようになったのは、プロカメラマンの永谷さんの投稿が大きい。お仕事で取材したり、文章を考えて記事にしたり、投稿したり大変ながらも、すごく文章からは楽しそうな感じが伝わってくる。

”あ、こういう感覚忘れてた。”って言ってしまえば、それまでだけど、前は文章で青年会活動の喜びを伝えていたよな。と思い立ったので、パソコンに向かって書いてます。以前、5月から取り組み始めたと書きました。それは何かというと、食事制限。二言でいえば、「減量」というやつだ。

あんまり大きな声では言えないが、食事制限をはじめるまえは、昼間はラーメンと大盛りご飯、おかずを盛々食べて、夜は家のご飯を食べて、寝る前にソフトクリームを毎日食べながら、お菓子とジュースも飲んで寝るという、今思えば恐ろしいくらいの生活をしました。加えて、信徒さんからの愛念でお菓子をいただいたり、休みの日になると、リミットが外れて、これよりも倍以上に食べてしまう始末。そうしたら、体はどんどんと大きくなってしまったのは言うまでもありません。

4月の青年会全国大会で人にあったとき、「太った??」と言われたりビックリしたような顔で見られたのは鮮明に覚えている。そんな自分が一念発起して、減量にチャレンジ。ご飯類はもちろんのこと、お菓子、ジュース、果物、揚げ物は極力ダメ。食べていいのは、体にいいとされる青魚や野菜、豆類、ナッツなどの栄養素の高いもの。
太るのは本当に簡単だ。これの逆をやればすぐに太れる。でも痩せるのは本当にキツイ。これを毎日の生活に取り入れるのだから、最初は体の抵抗がものすごくあった。
まるで修行僧のような世界。これをやるために、自然と昼間は弁当生活が始まった。

こんな感じの食生活。

本当に必要なもののみを体に取り入れていくと、1週間か2週間後には体重もすっと落ち始めて、体のだるさが嘘のようになくなりはじめました。食えないのではなく、必要以上に取りすぎない。ただ、これだけ。もちろん運動もトレーナーさんに見てもらいながら、少しずつやりはじめました。
あとで勉強して分かったことだけど、お菓子やお米に含まれる糖質(糖分)は必要以上に取ると、血糖値がグングンと上昇し、気分が高揚するが、時間とともに急激に降下し、体だったり精神的なバランスがグッと低下してしまったりする。ジェットコースターと思ったら、納得されるかもしれません。白砂糖は、マイルドドラッグとも呼ばれるほど中毒性が高いもの。しかしながら、それを完全に避けるのは本当に難しい。

会合や打ち合わせ、来客などでどうしても出されるときは仕方がないが、コンビニやスーパーなどで販売している砂糖どっぷりのあまーいお菓子や菓子パンには誘惑が
たくさんあります。美味しいものほど、裏側には体にとって危険なものがたくさん含まれています。本当に自分に必要か?ストレス食いでコントロールを失っていないか? など、見極めて、自分の体にとって必要なものは何かを考えるときも時には必要です。

ストレスによる、どか食いはマジで危険です。健康は一生の宝物。少し軽くなった体が喜びを感じるのは、自然のモノを自然に取るようになったから。ホントこれに尽きます。一度、皆さんも食生活を見直してみてはいかがでしょうか??


光明実践委員の喜び。投稿570日目。

光明実践委員の喜び。投稿570日目。

7月突入しましたね。自分磨きのこと、大きく変化がありました。今まで臆病になってやらなかったことも、一歩踏み出してやればどこかで形となって現れてくる。5月中旬から始めたことが思ったよりも自分を前向きに変えてくれています。休日は予定がない限りはダラダラしてしまうことが多かったのですが、しっかりと自分の予定をつくり、自分の足で行動する。やることが増えて、充実した生活を送れています。もちろん青年会活動も充実しています。

そういえば、嬉しいことがありました。先週日曜日の夜、人生2回目の出講(講話)を行ってきました。先月、ブログでも書いた通り、初めての出講で緊張のあまり何を話してよいか、何を伝えたらいいのかが分からず頭が真っ白になってしまいました。だから今回も正直いえば「次の出講できちんとできるかなー。という一抹の不安がありました。今回のテーマが先祖供養ということもあって、自分が父親に感謝できた話や、浄心行を通して得たことなどを伝えようと思いました。いつも通り、早めに原稿と話すことを準備しました。Uさん宅は、初めて行くところだったので、、ナビを使って行ったのですがまさかの家がない状態。(笑 同乗者の方に、サポートしてもらいながら到着しました。誌友会の前にご飯を食べながら、談笑。初めていくところだったのか、いつもの知っているメンバーだからか、すごくはじけてしまって、なぜかものすごくテンションあがりまくりました。(恐らく、普段のボクを知っている人は、え?こんなんなるのーーーと驚かれるくらい)

しかし、ご飯を食べ終わったあとは、原稿を見ながら、こうやってこうして喋ろうと頭のなかでグルグルグルグル状態。参加者の方に、「とても楽しみにしてますよ!!まっさー大先生」と言われるたびに、「やめてよー。」と笑いながらも緊張感マックス。
席について、近況報告を一通りやったあとに自分の講話の時間がやってきました。今まで和気あいあいだった雰囲気が一気にしーーーんとなって、「あー、これから頑張って話して、、、しっかりと伝わるかしら。」など漠然なままスタートしました。普及誌を使って読んでもらったあとに講話を始めました。最初は、原稿を読みながら頭で話そう、話そうとしていたのですが、出だしはうまく行かず変な空気が流れてしまいました。ところが黒板を使いながら段々としゃべっていると、最初考えていたことと違うことが浮かんで言葉がどんどんと出てくるようになりました。体験談は包み隠さずに話しました。20分くらいは使ったかと思います。それでもリアルな自分を知ってもらいたくて話しました。最終的にどうまとめたか覚えていないくらい、キレイに着地できました。

今回は先祖供養についてお話ししました。

終わったあとに感想や質問の時間がありましたが、高校生の女の子から「分かりやすくて良かった。」と率直に感想を言ってくれたことがとても嬉しくて、他の参加者の方からも、おおむね好評をいただけました。本当に頑張った甲斐がありました。マジで嬉しかったです。
誌友会が終わって雑談をしているときに、初めて光明実践委員になって良かったなと心の底から思えました。自分の中でうまくできた喜びが湧き出でました。
講師会に所属していて、出講するのが嫌だ。ということを耳にします。その方の気持ち今ならすごく分かります。自分で考えてきたことが伝わらなかったり、全然違う流れになってしまってどうしようとなってしまうこともあるでしょう。特に1回目のボクがそうだったように、不安になってしまうこともあるでしょう。それでも経験していくしかないと思います。自分が誌友会を初めて開催したときも色々とうまくいかないことが多かったです。青年会活動にも身が入らなくて辞めてしまいたいこともありました。でも頑張っていくうち、人と向き合っていくうちに少しずつ自分自身が出せるようになりました。人前で話すのは今も得意ではありませんが、、まぁこれからもコツコツと頑張っていきたいと思います。

7月13,14日の中四国青年一泊見真会にお手伝いで行くことになりました。知らない方が多いと思いますが、、自分の経験や体験、想いを通じて少しでもお役に立てられたら幸いです。