朝10分から始まる聖典のメッセージ120。既に求むるものを受けたりと信ぜよ。投稿891日目

朝10分から始まる聖典のメッセージ120。既に求むるものを受けたりと信ぜよ。投稿891日目

すべてのものは実相に於て私たちに与えられているのである。しかしその賜物を神は私たちに押し附け給うことはないのである。

神はその賜物を私たちが自分で取るに委せていられるのであって、受取ると受け取らないとを神は私たちの心にまかせていられる。

(中略)

心の導線を自分で閉じるか自分で開くかによって、既に与えられている無限の賜をどの程度現実界に現象化することができるかが定まるのである。

「先ず神の国を求めよ」と神は言い給う。求めることによって、神の国と導線が結ばれるのである。導線を結んだ後には波長を合わすことが大切である。

波長を合わす方法として、イエスは「汝ら祈るとき、既にそれを受けたりと信ぜよ。即ち汝はそれを得ん」と教えていられるのである。

谷口雅春先生著『新版 栄える生活365章』P197

既に与えられているものを受け取る受け取らないは、私たちの心に任せられていると説かれています。

神様から与えられた素晴らしい世界はそこにある、と頭で理解していても、波長を合わせられていないことが往々にしてあります。

座禅的瞑想法である神想観によって、神様に心を振り向け、既に与えられている恵みに感謝しましょう。そうすることで、結果的に私たちに何らかの形で与え返されるでしょう。神様の力は偉大ですから。

さて、今日はどんな喜びに出会えるでしょうか。
今日も明日もこれからも最高の人生を歩んでいきましょう(^^)

既に与えられている恵みに感謝しよう

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