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母が繋いだ小さな愛、続く。投稿579日目

母が繋いだ小さな愛、続く。投稿579日目

怒涛の年賀状ラッシュがようやく終わりました。
今年は120枚印刷。この人も書きたい、あの人も書きたいってやっているうちに、残り5枚ほどになりました。普段会っている、連絡を取り合っているから別にいらないじゃんと思うかもしれない。けれど、年賀状には年賀状の良さがあります。名前を見てパッと思ったことを綴る。意外とこれ、いいんです。
向き合うことで、この1年の出来事、相手との思い出がよみがえってきます。毎年楽しみにしている!!と言ってくださる方も見えて、ありがたいです。

パッと思ったことを綴る。といいつつも、ブログの書く内容を考えていた。Evernoteのメモを見ながら、途中で止まっていた内容に気がついた。
『母が繋いだ小さな愛』には続編があるんです。と言っていたにも関わらず、もう1ヶ月も経ってしまった。よし、これにしよう。林さん、おまたせです。

「母が繋いだ、小さな愛。」読んでいない方は、まずはこちらをご覧ください。

訪問から、3日。ボクは、とある青年と食事する機会があった。土日も仕事で平日もなかなか会えることができない方。なるべくご縁を切らさないよう、早めに予定を決めて会うようにしていた。

「Iさん、久しぶり!! 元気してた??」
「久しぶりです。今日は楽しみにしていました〜。」

近くのご飯屋さんで語らう。結構人見知りな性格。なので話し出しはたいてい、ボクから。Iさんのエンジンがかかるまでは、ちょっと時間が必要。話出したら、止まらない。そんな感じの人だ。

青年会の話をしながら、話を進めていくと、Iさんがふとつぶやいた。
「そういえば、Tさん、青年会に入ったんですね。良かったです。」
「え?」
思わず、ボクは声がうわずってしまった。
「何でその人の名前知っているの?? ボクが3日前に初めてあった人の名前を」
「なんでって。知っているから」
「えええええええええええええ」

Iさん、実は魔法少女? エスパー?と一瞬思ったが、よくよく話を聞いてみると、そうではなかった。
「正確に言うと、名前は知っているのですが一度も会ったことはないんです。ただ母がその方を知っているのです。」
「え?Iさんのお母さん、彼のことを知っているの??」
「はい、母とTさんのお母さんが知り合いで、宇治の練成会に参加したことも知ってます。青年会を勧めたのは私の母なんです。」
「えええええ、そうなの??。いやーまじか。先日教化部に電話があったんです。息子を青年会に入らせたいと言ってくれたので、最初ご縁を作ってくださったのは誰かなって気になっていた。お母様がご昇天されたのはとても残念だったけど、Tさんには会えてよかったです。」
「そこで青年会のことをまっさーさんに相談してみてはどう??と教化部に電話をかけられたのだと思いますよ。」
「それは嬉しいコトバです。いつもIさんのお母さんにはお世話になっているので、そういうところから自然と伝えてもらえて、本当にありがたい。お母様にありがとう!!と伝えておいてもらえますか?」
「分かりました。母も喜ぶと思います。」

この話を聞いたとき、ムスビ(結び)の力、結びつきをすごく感じました。一見、別の人生を歩んでいた二人が巡り巡って、ゴールインする。
それと同じで、自分自身が意識していなくても、自ずと環境が整ってきたり、自分が今までやってきたことが、経験となって生きてくる。こういう瞬間に立ち会えることはすごく嬉しい。コツコツと自分がやってきたことは無駄ではなかった。そう胸を張って言える。

実は、元々Iさんとの予定が合わなくて、直前になって予定を一週間ずらしていた。これが一週間前だったら、こんな感動的な話を聞くこともなかった。日々の訪問・対面がこういう喜びを生むなんて、本当にどこでどうつながっている分からない。神様の導き、神縁の働きを肌で感じる一日だった。ホント、ステキなストーリーって自分の身近にあるんだなと改めて感じました。

この笑顔をいっぱい増やしていこう。

さて、年末にもう一つか二つブログ書いて、私の2019年は終わります。ブログも少しずつ書き出せるようになりました。フル稼働気味だった、2019年。
色々と変化していくなかでたくさんのものを得ることができました。少しの休養を経て、2020年を迎えます。スケジュールを見ると、また来年も忙しくなるなぁ。現象はない。といいつつも、自ら忙しさの渦中に身を投じるのが好きな自分(笑
一人でも多くの青年に喜んでもらえるように、明日もこれからも動こうと思う。
まさに、難あり有り難し。


偉大なる本部講師へのメッセージ。投稿578日目。

偉大なる本部講師へのメッセージ。投稿578日目。

明日から本格的に小学生一泊見真会・年末に向けて準備が本格化してきます。
とかく、12月に入ってから寝る時間が少なくなりました。休みが休みでなくなり、体への負担がかかってしまうこともしばしば。20代の頃とは違うなー思いながらも、オレはこんなもんじゃない!!と、厳しいムチとほんの優しいアメで、気力・精神力を振り絞っています。

そんな忙しい中でも、忘れてはいけない日がある。12月12日。元愛知教区教化部長、濵山正幸 本部講師の命日。生長の家に触れてから最もお世話になったといっても過言ではない。短い時間の中にも先生との思い出は今も蘇ってきます。

先日、友と会ってきた時に、「あなたは、いくら頑張っても努力しても、自分自身の喜びを封印している。きっと濵山先生に認められないから。一所懸命やっているのに、自分ができたことを自分自身が認めていない。」と言われたことがあった。
ボク自身、亡き先生に認めてほしい。そう願っているのかもしれない。だから、いつまで経っても心の渇き・満足感を得ることがない。どれだけやってもどれだけ頑張っても現状に納得できていない自分がいる。でも先生はもう亡くなっているのだから、直接は認めてもらえない。困った時に、先生を頼ることができない。それはもう現象的には分かっていること。だからこそ、自分自身どう向き合えばいいのかを模索している。

昨年、濵山先生に宛ててメッセージを書きました。

濵山先生、ありがとうございます。12月になると先生との出会いと別れの季節を感じます。体調を崩されたと聞いて、心配ばかりして、先生の元へすぐに馳せ参じることができなかったことが今でも心残りです。教化部に来られなくなる数ヶ月前、先生をご自宅に送り届けた際にネクタイをいただいたのを覚えています。
「秋元くん、好きなのを持っていっていいぞ。」「え、でも先生のものですけど、いいんですか?」「ああ、たくさんあるから、持っていってほしい。」
そう言って赤いネクタイ含め3本ほどいただきました。それから、すぐに先生は旅立ってしまいました。あのときほど、ツラく悲しいものはありませんでした。

先生から指導いただいた、青年誌友会も今では多いときで10人を超えるようになりました。青年会事務局長を拝命してからは、先生がボクにしていただいたように、温かく迎えるようにする立場にもなりました。それでも、「よー来たなー。」とか「おー◯◯ちゃん、ありがとね。」という自分なりの愛情表現で接しています。高校生や若い子にもクマさん扱いされるのはご愛嬌ですね(笑

先日は講習会もありましたが、終わったあとも見失うことなく、出会った方や、これから出会う方とのご縁を結ぶ活動、青年会活動に邁進できているのかなと思います。「今は伸びてないように見えても、着々と毎日伸び続けている。だからしっかりと生長の家の教えを学んでいけばいいんだ。」 
この言葉があったからこそ、変化を感じにくい日々のなかでも頑張って来られたのだと感じています。

そして、念願だった光明実践委員にも合格できて、いよいよ生長の家の御教えを伝える側になりました。辞令を濵山先生からいただくことが夢でしたが、鈴木教化部長も大変素晴らしく、尊敬する先生のお一人ですので、拝命できる喜びを感じたいと思います。愛知教区青年会も若い20代の子たちが誌友会を発会したり、新しいメンバーとの交流が増えたりとありがたいことばかりです。

青年会事務局長として、縁の下、陰のきついところ、色んなことに対応しなくてはならないことも多いですが、教化部に来られる方、誌友会や家庭訪問でお会いした笑顔の数が、今の自分を支えています。ですが3年後は、後進に譲って、この喜びを引き継いでくれる青年にバトンタッチします。もしかしたら早くなるかもしれませんが、、、その時まで頑張ります。長々とブログを書いていると、また涙が溢れてしまうので、今年もこのへんで。喜びを胸に先生の分まで精一杯生きていきます。ありがとうございます。

今これを見返してみても、やっぱり泣けます。あれから1年。今の心境を率直に濵山先生に向けて書きたいと思います。

濵山先生、ありがとうございます。いつもより寒さが厳しくなりました。お元気でしょうか??最近、日常で先生のことを思い返すことも少なくなってしまい、記憶が薄れてしまっているのを切実に感じます。失礼ながら、命日の夜、寝る前になって、ようやく先生のことを思い出しました。きっと先生が霊界から「オレのことは気にするな!! 今の青年会活動をしっかりとやりなさい!!」と、ボクを気遣ってくださってのことでしょう。

濵山先生は威厳があり、なかなか近づけないオーラがありました。目標を見失い、「もう辞めたいし、この先、どうしたらよいか分からない。」思い切って、教化部長室を訪ねたとき、聖典(本)を引っ張り出して、「ここをしっかりと読みなさい」と説明してくださったことを今でも覚えています。あのとき、かなり病気も進行していてきつかったはずなのに、丁寧に向き合ってくださり、本部講師、いや一人の人間としてボクと接してくださったことが何よりも嬉しかったです。

「谷口雅宣先生の教えは、何ひとつ間違っていない。生長の家の信仰をしっかりと続けていけば良い。」と常に仰っていました。徐々にではありますが、年数を重ねていくにつれて、濵山先生のお話してくださったことが分かるようになってきました。

そして、最近、青年会も空気が変わってきました。今まではトップダウンで降りることがしばしばでしたが、今は主体的に動いてくれる仲間も増えて頼もしく感じます。
そのこともあり、今までやってきた自分自身のスタイルを見直しました。仲間がしっかりと喜びを持って活動するためにはどうするかというところへシフトチェンジして、一人ひとりがより輝けるように努めています。「青年が活性化することはとても大切だ!!」ボクが教化部に入って4年。その片鱗がようやく見えてきたような気がします。

ボク自身は、しっかりとやれていますか?
先生と出会った頃から成長しているでしょうか?
ご意志をしっかりと引き継げているでしょうか?

よく、教化部職員だから、活動を頑張っているんだよね。と言われることもあります。職員だから一所懸命やっているわけではありません。生長の家で救われたからこそ一所懸命やっている。たくさんの人に伝えたい。聖地、宇治で生長の家の講師になると決めてから紆余曲折しながらも、たどり着いたのが愛知県教化部でした。そこで濵山先生と出会い、まずは地元で頑張りなさい!!と教えられて、今日まで頑張ってきました。この信念があるからこそ、ここまで来られたのだと思います。教化部に入るときに、批判する友人・親戚、周りとの関係、過去・生半可な気持ちを全て捨てて、奉職しました。今もこの決断に間違いはないと信じています。

一番最初にいただいた名札。4年前。すべてはここからはじまった。

出会った人、出会う人に対して愛を持って接する。やるべきことをしっかりとやることが、きっと正解なのだと思います。
「今は伸びてないように見えても、着々と毎日伸び続けている。だからしっかりと生長の家の教えを学んでいけばいいんだ。」
今年の冬もこのコトバを大切にしたいと思います。来年の冬はもしかしたらお手紙を書かなくなるかもしれません。こうやって書いてしまうと、また心のどこかで先生のことを頼ってしまうかもしれないから。先生から教えてもらったことを忘れず、来年もたくさんの青年に愛を出していけたらと思います。本当にありがとうございます。再拝


母が繋いだ、小さな愛 投稿575日目

母が繋いだ、小さな愛 投稿575日目

1か月前に、教化部に電話があった。「息子が青年会に入りたい。どうしたら良いか?」と年配の女性でした。詳しく聞くと20代の息子さんと暮らしていて、宇治の練成会に息子と参加してきたとの内容だった。本当に不思議なご縁で青年会入会という出来事だった。

女性のお姉様が間に入ってくださり、青年会入会の手続きは終わったが、直接会って話がしたいという気持ちがとても強くなり、昨日訪問。会ったことがなくて会員になられた方に会いに行くのは初めての経験でした。
訪問した際も、ボクを快く招いてくれたことで、緊張することなく話を始めることができました。

聞けば、生長の家の行事に参加するのは、約20年ぶり。その前は赤ちゃんのときに母に連れられたときでその時の記憶もないくらい。病気の母に対して、親孝行したいという思いが生長の家の練成会に参加したことが再び、生長の家に帰ってくるきっかけとなったそうだ。
親孝行したい!!それはボク自身も4年前に宇治の練成会に初めて参加したとき、今まで仕事漬けだったボクがつまずき、苦しくなり休職を余儀なくされたとき、初めての親孝行で連れて行ったのが宇治の宝蔵神社だった。だから彼とどことなく不思議な縁を感じました。

全く何も知らないことばかりだったので、聖使命会員や青年会がどんな組織で、どういうことをやっているのかなど丁寧に説明しました。終盤にさしかかったところで、「でもどうして青年会に入ろうと決めたのですか?? いきなり入るってなかなか決断できないと思いますけど・・・。」と伝えました。
すると「先日亡くなった母との約束なんですよ。病院で母が生長の家のことを話してくれて、そこで青年会のことを知りました。よく分からなかったし、何をやってよいか分からなかったけど、母から青年会を勧められて、迷ったけど入る!!って言いました。それを伝えたときの母の顔はとても喜んでいたんです。だから青年会に入りました。」と話してくれました。

思わず目頭が熱くなりながらも、「きっと、あなたが入ってくれたことでとてもお母様は嬉しかったと思いますよ。(大調和の神示の書かれた紙を見せながら・・・)ここに、汝ら天地一切のものに和解せよ。に書いてありますよね。和解とは感謝のことなんです。心の底からの感謝なのです。でも神に感謝しても父母に感謝し得ないものは神の心に叶わぬ。って続くんです。つまり本当の意味で、あなたがお母さんのことを想い、寄り添い、親孝行したこと、そして生長の家青年会に入るって決意してくださったことは最大の親孝行だったと思います。だから、そのお母様が繋いでくれた大切なものをどうぞ忘れずになさってください。ボクもそのお母様から繋いでいただいたものを通して、青年会で一緒に学んでいけたら嬉しいです。青年会に入ってくれてありがとう!!」と握手しました。

用意したコトバとかではなくて、自然と伝えられたことが何よりも嬉しく、その後は雑談や趣味の話で盛り上がり、気が付けば2時間半ほど経っていました。
帰り際に、地元で生長の家の真理を学ぶ誌友会をお伝えして「一度来てみませんか?青年会のメンバーや雰囲気がよく分かります。」と色々と提案したところ、「1月に行ってみます。」という嬉しいコトバを聞くことができ、青年誌友会初参加へと繋がりました。
外に出てから速攻で、委員長に電話で「あー、もしもし。委員長のところの誌友会に初めての方が行くのでよろしく!!」と相談する前に、行くことを決めてしまったのは内緒です。(笑 もちろん、初めての方でも安心して参加しやすい誌友会と知っているからです。

たくさんの仲間と出会い、学ぶ。それが青年会の素晴らしさ。

宇治の練成会から、青年会へ。類は類を呼ぶ。本当にありがたいことです。また一人、新しいシアワセが愛知教区青年会へやってきました。これからもこの小さな愛を大きく育てていきたいと思います。


人生一つも無駄なことなんてない。投稿573日目

人生一つも無駄なことなんてない。投稿573日目

気がつけば11月後半。
Facebookではぽつりぽつりと呟いているものの、ある意味本業!?のブログが止まったまま、この時期に差し掛かってしまいました。すみません(笑

青年練成会が終わってから、目まぐるしく色々な出来事があった。喜びごと、考えさせられることなど、文章にしたら単行本が書けるんじゃないの?というぐらい、ステキなことで溢れていました。

その中で一つ嬉しい出来事があった。とある青年が、宇治の一般練成会に参加して、全期受講したことだ。参加したことがある方なら分かると思うが、宇治の練成会は10日間泊まり込みで生長の家の真理を学ぶ合宿所みたいなところ。勝手が分かる人なら、あーこんな感じでやればいいかと予測がつくが、全く知らない人にとってはまるでジャングルに足を一歩踏み入れたような感覚になる。

「宇治の一般練成会に行ってきます。」とラインでいただいたのが、今から半月ほど前。今までに見たことのなかった決意。その方自身も心の中で変わりたいという気持ちが強かったのだろうと思う。確か短期練成会(3泊4日)は全期受講したことがあるが、10日間は初めて。ボクは正直、最後まで頑張ってほしいという気持ちと、最後までもつかなという内心、親心の心境だった。

「最後まで練成会を受講すれば、絶対に変わるよ。途中で帰りたくなるかもしれないけど、そこを頑張ったら大丈夫!!」とエールを送った。

自分自身の経験から、初日と3日目、そして5日目に山場があることを知っていた。
なぜかというと、初日は緊張もしているし、どんな人が来るかも分からない。10日間続くかなという気持ちが強い。3日目はちょっと慣れてくるところで、やっぱり帰りたくなる気持ちがわいてきて、少しネガティブ状態になってしまいがち。そして、5日目の夜に浄心行があるのだが、ここを乗り越えたら、抱えていた色んなものが出て、最後までいける。だから、5日目まで何とかがんばってほしいという気持ちが強かった。

3日目くらいに一度、連絡しようかなと思っていたが、自分の予感は的中して、初日の夜、「不安が強いので、帰ります。」とメールが来た。いつもは優しく接しているのだが、それだとその子のためにならないと思い、思い切って、

「そんなんじゃ、いつまで経っても変わらないよ。時間をかけてそこを乗り越えるときが今じゃないの?たった1日じゃ不安はぬぐえないかもしれないけど、もう1日頑張ってみて。講話みんなと受けたくなかったら1人でどこかで話を聞いていてもいいので、とにかく最後まで乗り越えなさい。講師の先生にも相談して、頑張りなさい。」

とキツめのコトバを投げかけた。今までその子に対して言ったことのないような強い口調だ。ボクもこういうメールを送るのはツライ。しばらく返信がなかったので、もしかしたら・・・という気持ちが芽生え始めた矢先、「まだ頑張っています!!」と返信がきた。安心した。

次の日の夜にも、また帰りたくなった。とメールがきたが、いつもとは違うことが一つあった。お母さんに感謝できるようになった。と一言追加されていた。彼女の中で、心境が少しずつ変化していくのが分かってきた。

その後、山場を迎える、5日目の浄心行も乗り越えてから、送られてくるメールが劇的に変わった。書くと長くなってしまうが、とにかく周りの方への感謝・両親への感謝のコトバで溢れていた。そして、最後まで彼女は練成会全期参加を達成した。

ボクが4年前に前の仕事でつまずき、もう何もかも失い、ダメだと藁をもすがる思いで受けた宇治の一般練成会。当時、彼女と同じような心境で受けて、初日で帰りたくなったり、周りに知っている人がいなくてこの先どうするんだという不安の気持ちも強かった。しかし、気がつけば話す人も増えて、自分のことも理解してくださる人もいて、終わった頃には、練成会に来てよかった。と心の底から思えるようになった。そしてその経験を活かせたことが何よりも嬉しい。

魂のふるさと宇治。

この練成会を受けなかったら、彼女へのアドバイスもフォローもできなかった。だから、人生一つも無駄なことなんてないと改めて感じます。その彼女が宇治での体験や出来事をたくさん話したい!!と言ってくれた。また近々時間を作って会いに行く予定です。お話を聞くことで、彼女が次に向かう道標が生まれるとよいなと思ってます。変わった彼女の笑顔と喜びを聞くのが、今からとても楽しみです。


光明実践委員の喜び。投稿570日目。

光明実践委員の喜び。投稿570日目。

7月突入しましたね。自分磨きのこと、大きく変化がありました。今まで臆病になってやらなかったことも、一歩踏み出してやればどこかで形となって現れてくる。5月中旬から始めたことが思ったよりも自分を前向きに変えてくれています。休日は予定がない限りはダラダラしてしまうことが多かったのですが、しっかりと自分の予定をつくり、自分の足で行動する。やることが増えて、充実した生活を送れています。もちろん青年会活動も充実しています。

そういえば、嬉しいことがありました。先週日曜日の夜、人生2回目の出講(講話)を行ってきました。先月、ブログでも書いた通り、初めての出講で緊張のあまり何を話してよいか、何を伝えたらいいのかが分からず頭が真っ白になってしまいました。だから今回も正直いえば「次の出講できちんとできるかなー。という一抹の不安がありました。今回のテーマが先祖供養ということもあって、自分が父親に感謝できた話や、浄心行を通して得たことなどを伝えようと思いました。いつも通り、早めに原稿と話すことを準備しました。Uさん宅は、初めて行くところだったので、、ナビを使って行ったのですがまさかの家がない状態。(笑 同乗者の方に、サポートしてもらいながら到着しました。誌友会の前にご飯を食べながら、談笑。初めていくところだったのか、いつもの知っているメンバーだからか、すごくはじけてしまって、なぜかものすごくテンションあがりまくりました。(恐らく、普段のボクを知っている人は、え?こんなんなるのーーーと驚かれるくらい)

しかし、ご飯を食べ終わったあとは、原稿を見ながら、こうやってこうして喋ろうと頭のなかでグルグルグルグル状態。参加者の方に、「とても楽しみにしてますよ!!まっさー大先生」と言われるたびに、「やめてよー。」と笑いながらも緊張感マックス。
席について、近況報告を一通りやったあとに自分の講話の時間がやってきました。今まで和気あいあいだった雰囲気が一気にしーーーんとなって、「あー、これから頑張って話して、、、しっかりと伝わるかしら。」など漠然なままスタートしました。普及誌を使って読んでもらったあとに講話を始めました。最初は、原稿を読みながら頭で話そう、話そうとしていたのですが、出だしはうまく行かず変な空気が流れてしまいました。ところが黒板を使いながら段々としゃべっていると、最初考えていたことと違うことが浮かんで言葉がどんどんと出てくるようになりました。体験談は包み隠さずに話しました。20分くらいは使ったかと思います。それでもリアルな自分を知ってもらいたくて話しました。最終的にどうまとめたか覚えていないくらい、キレイに着地できました。

今回は先祖供養についてお話ししました。

終わったあとに感想や質問の時間がありましたが、高校生の女の子から「分かりやすくて良かった。」と率直に感想を言ってくれたことがとても嬉しくて、他の参加者の方からも、おおむね好評をいただけました。本当に頑張った甲斐がありました。マジで嬉しかったです。
誌友会が終わって雑談をしているときに、初めて光明実践委員になって良かったなと心の底から思えました。自分の中でうまくできた喜びが湧き出でました。
講師会に所属していて、出講するのが嫌だ。ということを耳にします。その方の気持ち今ならすごく分かります。自分で考えてきたことが伝わらなかったり、全然違う流れになってしまってどうしようとなってしまうこともあるでしょう。特に1回目のボクがそうだったように、不安になってしまうこともあるでしょう。それでも経験していくしかないと思います。自分が誌友会を初めて開催したときも色々とうまくいかないことが多かったです。青年会活動にも身が入らなくて辞めてしまいたいこともありました。でも頑張っていくうち、人と向き合っていくうちに少しずつ自分自身が出せるようになりました。人前で話すのは今も得意ではありませんが、、まぁこれからもコツコツと頑張っていきたいと思います。

7月13,14日の中四国青年一泊見真会にお手伝いで行くことになりました。知らない方が多いと思いますが、、自分の経験や体験、想いを通じて少しでもお役に立てられたら幸いです。


Many thanks for coming a cross my life. 投稿561日目。

Many thanks for coming a cross my life. 投稿561日目。

先日書いたブログ、もうちょっとだけやってみるか。がちょっとだけではない、たくさんの反応をいただきました。Facebookにコメントもいただき、色んな方に読んでいただけて感謝の想いでいっぱいです。嬉しい反面、今週はどんなことを書こうかとネタ探しにプレッシャーがかかりました。そしたら、もう木曜日を迎えました(笑

先週の土曜日、西尾青年誌友会に参加しました。この誌友会の会場リーダーを努めているのが、岩堤くん。そして、シアワセの福(副)リーダーをやっているのが、Yちゃん。どちらもボクの誌友会に来てくれる仲間です。

この誌友会の良さは、リーダーと講師が入念に打ち合わせして、今月はこういうテーマで開催したいという目的や意志をはっきりしていることです。先日は、途中から参加。ラストに目の前の相手のいいところを5個言ってみよう。ということを行いました。たまたま席の並びで福リーダーのYちゃんと妹のNちゃんのチームでした。意外にも本人を目の前にすると頭では思っていても、なかなかうまくコトバにできません。

全部は書きませんが、確か笑顔がとても(強調してくれたことを喜んでくれた 笑)かわいく、人のために尽くせる。と小動物で愛くるしさがある。と本人に対して伝えました。普段ボクがそんなことを言わないから、はにかみながらも大笑い。でもどこか嬉しそうな表情でした。ちなみに、ボクはいつも笑顔でいじられる。相手のことを深く見てる。とありがたい言葉をいただいた。直接面と向かって言われると、恥ずかしい。でもやっぱりココロが温かくなる(*´ω`*)

他のグループもそれぞれがお互いの思っていることや良さを直接伝えていた。それをみんなで発表して、岩堤くんが黒板に書いてくれた。これはすごく良い取り組みだなと思いました。ちゃんと計画して練っている誌友会だから、来てくれた参加者も喜んで帰ってくれる。初参加で来てくれたTくんも遠くから足を運んでくれたりと、彼の見えない努力がこういう成果に結びついていると感じました。

誌友会の途中、あるものをいただきました。手書きのメッセージが書かれた手紙と、少し早いホワイトデーの手作りクッキー。1人1人の参加者に向けて書いてくれたようだ。「誌友会終わってから、見てください。」と言われたので、帰ってから、着替えもそこそこに速攻開封。女の子よりも丁寧な文字で日頃の感謝のコトバが綴られていました。

誌友会の途中に渡してくれたメッセージと手作りのクッキー。

彼と出会ったのは、2015年の青年練成会だったと思う。宇治の研修生を終えて、帰ってきたボクは教化部を訪問。そこで青年会活動をスタートしていたときに、当時青年会事務局長をしていた金沢さんに「青年練成会というのがあるから来てみませんか?」と言われ、無職で暇をしていたボクは、「あーいいよ。とりあえず3日間。受ければいいんだね。申し込むよ。」と軽い気持ちで参加した。

その中で、体験談を話す機会を与えられて、父親との和解のことや宇治で学んできたことなどを発表した。人前で話すのはそんなに得意じゃないから、結構ノートいっぱいに書きたいことを書き連ねた。素直に、そのままに。その後、彼が寄ってきて、「今の体験、すごく良かったです。涙が出ました。」と話かけてくれたことが今でもココロに残っています。

翌年、6月地元で安城青年誌友会を発会。一番最初は、知り合いも少なく参加者ゼロ・・・かと思いきや、岩堤くんが参加してくれた。事前に誰かが声をかけてくれて参加してくれたそう。講師が亀田くんで、3人でのスタート。初めての会場リーダーだったから、場をほぐそうと近況報告でしゃべった内容が、今ではとても言えないような爆弾ネタを投下しまい、変な緊張感に包まれたのはいい思い出です(笑 それでも来てくれたことが嬉しくて、次も頑張って開催しよう!!というきっかけになりました。ほぼ毎月、参加してくれるようになって、安城青年誌友会には欠かせない存在になった彼。その後、彼の親友のTくんやKちゃん、そしてYちゃん、Nちゃんも来てくれるようになって、徐々に参加者も増えてきました。

その後、宇治で研修生になったり、青年会にも入会してくれて、率先して真理を学び、2018年7月頃から、西尾青年誌友会を発会。光明実践委員にも合格して、青年会にもなくてはならない存在に。最近では、中高生一泊見真会のジュニア・生高連大会の自主制作映画の編集を担当。随所で光明化のお手伝いしてくれます。

時にはツライことや大変なことにもありました。そのたびに彼のもとを訪問したり、電話したり、一緒にご飯食べながら話をしたり、アドバイスしたのを覚えています。またボクが昨年、精神的にキツくて体調不良で休んだときも温かいメッセージをくれたこともありました。あのときのメッセージ、まだ返せてなかったけど、この場を借りてお礼を言います。本当に想ってくれてありがとう。感謝してます。
決して順調なことばかりではなかったけれど、色々とあったよな。その経験が人への思いやりを深め、相手のことを考えて行動できるようになり、素晴らしい青年誌友会を開催するまでに繋がったと思います。自分なりに考えて努力する。なかなかできないことだけど、コツコツと頑張っている姿を見ると、年下ながら尊敬します。

さて、『生活の智慧365章』 P110 「現象人間の欠点には寛容であれ」にはこう書かれています。
幹部といえども、普通のメンバー、誌友、信徒たちと同じく、感謝され賞賛され、美点を見つけて貰い、激励されることによって、はげまされて実相の完全さがあらわれて来やすくなっているのである。信徒や誌友たちは、教団の幹部の人たちにも現象人間としての苦労があり悩みがあることを察して、欠点を見ないで、実相の円満さを念じてその円満さの顕れるお手伝いをしてあげるべきである。

ボクと同じように宇治に行って研修生をやったり、青年会活動をするなかで、ものすごい苦労や葛藤があったと思います。活動していると何のためにやっているか見失ったり、バカらしくなってもう辞めようと頭をよぎったりすることもあります。そういうときに助けてくれたり、頼りになるのは青年会の仲間たちの存在。1人ではない。こんなにもいっぱい周りには支えてくれている人がいる。彼の周りには、たくさん手を差し伸べてくれる仲間がいます。それは彼の人柄や性格もあるでしょう。人から好かれることは、どんなにいい成績を残したり、お金をたくさん持っていても変えられないものです。岩堤くんはじめ、青年会の仲間たちが輝ける場をこれからも提供していけるよう努力していきます。

ブログの最後、彼からもらった手紙のコトバで締めくくりたいと思います。
MANY THANKS FOR COMING A CROSS MY LIFE.(私と出会ってくれて本当にありがとう。)


もうちょっとだけやってみるか。投稿560日目。

もうちょっとだけやってみるか。投稿560日目。

青年会全国大会の連動企画として2月から始まっている、21日間習慣化プログラム
ボクは毎週木曜日の休みに、ブログをアップしようと決めました。1週間、思いついたことをノートやパソコンなどに記録するよう心がけました。今日が木曜日。ノートを開いてみると、ただ一言。「もうちょっとだけやってみるか。」 ナニコレ?? これしか書いてなかったっけ? いつ書いたのか記憶がない。もう迷っている時間がない。これをブログのタイトルにしよう。

嬉しいことを掘りおこしていくと、先月も色々とありました。中高生一泊見真会では14名の中高生が参加。その中高生が合同卒園式でお手伝いに駆けつけてくれて大活躍。新たに7名のジュニア会員が誕生する立役者となった。個人的には地元で開催している誌友会に過去最高の13名参加。あれ、俺いらなくね、というほどみんなのパワーで誌友会を盛り上げてくれました。

自慢の仲間たちです。

ただ、青年会活動をしていると、ずーっと喜びや嬉しいことばかりがやってくるわけではありません。たとえば事務局長としての細かい対応、夜遅くに連絡や相談・調整はさることながら、自分の2つの誌友会の準備や・家庭訪問・打ち合わせなど数え上げればキリがありません。24時間365日青年会対応していくと心に誓っていますが、ボクと話して「元気になったよー。ありがとうございます!!」と言ってくれた子が、3日後にはもう落ち込んでいたり、久しぶりに来た子が「ちょっと話があります。実は○○を辞めました。どうしたらいいですかー。」なんてことも。
お前、この前頑張るって言ったじゃん、もっと頑張れよー。と心の中で叫びたくなることもありますが、こうして助けを求めに来てくれるから、「今日はどうしたー??」と時間の許す限り聞く。励ましてアドバイスして元気になって帰ってもらう。

別にどんだけ時間を作って頑張っても、誰かに褒められるわけでもない。あくまで主役は自分ではなく、青年会のメンバー。光の当たらないところをコツコツやって目には見えない成果を積み重ねていく。ヤバイところがあれば未然に防いで、何事もなかったかのように円滑に進める。それがボクのポジション。みんなの中にわーっと入っていきたい。でもそれをグッとこらえる。自分たちの頭で考えて、行動しようとしている芽をつぶしたくはない。ただ、何か困ったことがあったら、全力でフォローする。

まっさーさんならこれぐらいできるでしょ?と言われるけれど、そんなことはない。スーパーマンでもないし、1人の人間。すげー苦しくて押しつぶされそうな衝動に駆られるときもある。金魚がパクパクと口をあけている感覚。それでもみんなに頑張ってもらいたくて、喜んでもらいたくて、動いているのに分かってもらえない時、一体何のためにこの仕事をやっているのかと、天を仰ぎたくなることもしばしば。

これだけ見ると、まっさーの愚痴ブログになってしまいますね(笑 皆様、どうかここで見るのをやめないでください。

さて、『新版 生活の智慧365章』 P88 常識を超える力にはこう書かれています。
すべての生活を、祈りに始まって祈りに終わる生活となせ。祈りは神の心と人間の心との波長を合わす最良の道である。我々は常識的に判断して現象的には到底不可能だと見える問題に面すると、もう常識的判断だけで、とても駄目だと見切りをつけて、祈ることすらも抛棄(ほうき)してしまうことがあり勝ちであるのである。しかし、それが正しい要求である限り、常識的判断で、到底駄目と見える事でも、神に於いては不可能なことはないのである。」

今、朝と夜の神想観の時間に、祝福録に書かれた方を一人ひとり読み上げています。「神の子○○さん、ありがとうございます。○○さんありがとうございます。」青年会員・誌友会に参加してくれる人・好きな人・嫌いだった人・過去に出会った方など。ただ書くだけではなく、記載した方を読み上げる。すると不思議と一体感が生まれます。毎日祈っているから、いつでも大丈夫!!と自信にもつながる。たとえ現象的にはうまくいってなくても、魂の奥底では繋がっている。じわじわとくるイメージです。

成果がすぐ出ない。くそーもうやめよう!!時間の無駄だと思って諦めてしまったら、もうそこで終わり。だから祈りでもお世話活動もコツコツ続けていく必要がある。だってその先には幸福が待っているから。先日、金内会長がブログにコメントをいただいた時は、非常に嬉しかった。とても励みになった。見れくれる人はいるんだな。想ってくれる人はいるんだな。だから、もうちょっとだけやってみるか。って自然とノートに書いたのかもしれません。短いコトバでも、手紙でも、メールでもいいんだ。その人を想うことをそっと伝えればいい。ありがとうの魔法の5文字だけでも全然違う。「よくやっているね。」「最近、頑張っているね。ありがとう。」

こういう優しいコトバや想いから、自分の心が変われば、周りとの関係も自ずから変わってきます。目には見えなくても、祈りの力は時間・空間を超えて相手の元に必ず届くそうです。どんだけ大変で苦しい時間がいっぱいだったとしても、最後の最後で褒められたり、感動があったりしたら、それはすべて良かったことに変わる。陰極は必ず陽転する。よし、もうちょっとだけやってみるか。今週、青年会活動をしていてふと思う一週間でした。来週はネタをしっかりと探します。それではまた〜(*´ω`*)