ちょっぴり辛めのカレーライス。投稿653日目

ちょっぴり辛めのカレーライス。投稿653日目

「あなたはどこから来たの?」
「大きな体ね。何かやっているの?」
「お父さん、お母さんは生長の家の信仰者?」

たくさんの女性から質問攻めにされるボク。決して秘密の花園にいるのではない。教化部で定期的に開催している大愛知練成会。宇治の練成会しか知らなかったボクが初めて参加したのがココだった。

”地元に練成会がある” それを知ったのが宇治で研修生を行っていたときだ。
各県(教区)には真理を学ぶ拠点(教化部)があり、生長の家の信仰・活動、各種行事を行っている。

初日の金曜日から参加したので、周りに若い人はいない。知らない人ばかり。宇治とは違う環境で、正直あまり面白さを感じていなかった。3日間最後までもつのかなという不安な気持ちを抱いていた。

その時、食堂で出会ったのが、Iさんだった。炊事愛行部で参加者の皆さんに食事を提供する部門の部長さんをやっていた方だ。

「よく来てくださいました。あら、あなた素晴らしいわね。将来、大物になれるわよー。」
「ええー、そうですか??今は無職ですし、何もやれていないですよ。」
「そんなことないわよ。あなた、笑顔がステキだし、雰囲気もいいわ。」

面と向かって言われることがなかったので、Iさんの存在がとてもありがたかった。ご飯を食べているときも色々と話しかけてくれた。
若者が練成会を受講するのが珍しかったのかもしれない。Iさんや出会った皆さんのおかげで3日間乗り切ることができた。

その後、ご縁を経て教化部に奉職(就職)することになった。
Iさんとも久しぶりの再会を果たした。

「あら、あなたどうしてここにいるの〜?」
「あ、えーっと黙っていた訳じゃなかったですが、ここで働くことになりました。」
「あらーそうなの。そんな予感がしたのよ。おめでとう。あなたなら頑張れるわ。濵山教化部長先生のもとでしっかりと勉強しなさいね。」
「ありがとうございます。がんばります。」

こういうコトバをかけてもらって、本当にシアワセものだ。
職員として練成会に携わるようになったときも
「秋元くん、元気?頑張っている?」
「ちゃんと食べなきゃだめよー。ねぇ、彼の分は、大盛りにしてねー。」

いつもと変わらないIさんの笑顔と美味しい食事。
その中でボクが大好きな食べ物がある。

練成会名物、ちょっぴり辛めのカレーライス。たくさんの野菜とスパイスがふんだんに使われている。シアワセ食堂の代名詞。この美味しさに舌鼓を打った方も多い。

どうしてこんなに美味しいカレーライスができるのか。
使われているのは、どこにでも売られている食材。しかしながら他では使わていないものがある。
「愛情」という隠し味。美味しく食べてほしい、笑顔になってほしいという白鳩会炊事愛行部の先生方の溢れんばかりの愛が詰まっている。

Iさんはボクが来ると何も言わずとも大盛りのカレーライスと、1つ多めにゆで玉子を入れてくれる。「内緒よ。」と言ってサービスしてくれる姿は女神そのもの。これを食べるたびに、よし頑張ろう!!という気に何度もなった。

今は炊事愛行部部長を降りてしまったが、ボクがIさんからいただいたご恩は一生忘れません。本当に本当にありがとうございます。


すべてはここから始まった。投稿652日目

すべてはここから始まった。投稿652日目

この内容は、愛知教区青年会のブログに書く予定だった。
更新が滞っていたこと、何か一つでも良いことを書きたいと感じていた。
ただ、書き始めてみると生々しいリアルな描写の数々。結局、自分のページで書くことにした。

過去の自分

小さい頃から生長の家をやっていたかと言うと、そういう訳ではない。
母親が布団の近くに理想世界という薄い本を置いたり、鞄の中にお経を入れたりしていた。その度に、破ったり投げ捨てたりしていた。なぜこんなことをするのか、中高生の自分には分からなかった。

小学生の頃はいじめられ、中学生の時は女子から総スカン。日陰のような生活を送っていた。漫画を読んで人生良くなるくらいなら、死んで人生リセットしたほうがいいと思っていた時期もあった。

死にたくて、死にたくて、何もかもがイヤになる。
その割に誰かに認められたい。見てもらいたい。
なぜオレのことを誰も構ってくれないのか?
なぜ自分のことに目を向けてくれないのか?
そう思うたびに、人と接するのがイヤになった。

生長の家に触れたのは、31歳。当時、仕事で行き詰まり、うつ病に近い状態を
煩った。朝起きようと思っても、起き上がれない。カラダ全身に痛みが走る。3日間くらい家でうずくまっていた。会社から電話があっても出る気力すらない。

あいつは死んでしまっているのではないか?と同僚が朝・昼・晩と尋ねてきた。
インターホンを鳴らしまくる。出たくない。やめろ。と心がざわつく。
悲しいことにおなかだけはすく。人が尋ねてこない深夜に飯を買いに行き、人目を避けてこっそりと帰ってくる。

自殺の仕方や楽に死ねる方法などをインターネットで検索。死ぬ勇気が無いくせに、そういうのを異常に見る。暗い本ばかりを読み漁り、自分がいかにクズだと言うことを理解するために、暗い方向ばかり向いていた。

最終的に母親が地元から出てきてくれて、涙ながらに「お願いだからあけてちょうだい。」と悲痛の叫びをインターホン越しに伝えてくる。さすがに開けないわけにはいかなくなり、ようやくボクの籠城は終わりを告げた。

籠城から数日、とにかく病院に行くことを勧められた。
しかし病院に行くと異常がない。また精神科にも勧められて行ったこともあった。「オレが精神科?弱いやつが行くところじゃねぇか。」と思っていた自分が一番弱っていた。精神科に行ったときも、色々と問診してくれた。

はっきり言って何を言われたのか覚えていない。
鮮明に覚えているのが、「あんた休んだほうがいいよ。何ヶ月休みたい?」と聞かれたことだ。「え?一日でも早く復帰したいんだけど。」と伝える。

結果、大量の抗うつ剤とともに、2ヶ月休養と告げられた。
診断書を持って職場に向かったとき、自分のすべてが否定された気がして、本当に悔しかった。

生長の家?

長い夏休みをもらった感覚だ。ただ仕事漬けの毎日だったので、大量に休みをもらってもどうしていいか分からなかった。

最近、親孝行をしたことがなかったな。と気がついた。
いつも仕事で忙しく全然帰っていなかった。こういう時くらいはどこかへ連れて行こうと思った。
「お袋、どこか行きたいところはある?」
「山梨に行きたい。」
「山梨?ここから4時間以上あるけど、何があるんだ?」
「生長の家の本部が新しくなったので、見に行ってみたい。」
「あー宗教??行きたくないよ。そんなところ。他のところへ行こう。」
「うーん、そうよね。」とめちゃくちゃ困った顔をしたので、
「あー分かった。連れて行ってやるから、その本部に電話しといて。」
もちろんこのときは教化部という存在も知らなかった。
今、思えばよく電話して直接行きますと言えたな。
母の行動に感謝すら覚える。

自分とは違うセカイを見た

「ご神像があるのでそれを目指してください。」
「え?ゴシンゾウ?もう一度お願いします。」
「ご神像です。白い大きな像が建っているので、それを目指してください。」
何でいちいち命令されないといけないんだよ。
「あー分かりました。目指してみます。」
長いことクルマを走らせる。しかし全然見えてこない。
だまされた?と思ったが、ようやくそれらしきものの近くについた。

「えー、なんだこれ。ここかよ。静かなところだな。」
「お袋、ついたぞ。こんなところに来たかったのか?」
愛知から4時間。ほぼノンストップだった。
森に囲まれた場所。静か。うーん、退屈しそう。

玄関が見えた。
「すみません、昨日電話したものですが。」
「ありがとうございます。お待ちしておりました~。」
手を合わせて、ニコニコとやってくる男女。
「あぁ、お袋が来たがっていたので。ボクは付き添いです。」
「そうでしたか~。よくお越しくださいました。こちらへどうぞ。」
と色々館内を案内された。

詳しい内容は覚えていないが、自然を大切にしていることを強調されたことは残っていた。オレの職場とは全然違うし、雰囲気は悪くないなと感じた。

しばらく周りを紹介していただいたあと、
「以上になります~。このあと食事を用意してありますので、お待ちください。」と伝えられた。ご飯まで用意してくださっているのはありがたかった。

「あぁ、すみません。お言葉に甘えます。」感謝のコトバを口にしつつも
「もうご飯食べたらさっさと行こう。帰りたい。」と母に伝えた。
そこから二度と行かない。と心に決めた出来事があった。

何かの呪文が流れると、一斉に周りの人たちが手を合わせはじめた。全員が同じポーズ。何でご飯の時にこんなことやるんだよ。やっぱりやべーじゃん。ここ。居心地が悪すぎるわ。とさえ感じていた。

帰る頃は、恐らく顔がひきつっていた。
「今日はありがとうございました。」とぎこちない笑顔で伝える。

もちろん、母に対して「あんなところヤバいところから、もう行きたいなんて二度と言うんじゃないよ。」とキツくあたったのは言うまでもない。

それでも休職期間はまだまだ余っていた。
キツく言ってしまったボクはバツが悪かったので、こう切り出した。
「お袋、次に行きたいところはある?」

(・・・続く。)

ここからはじまる。

習慣を振り返る。投稿651日目

習慣を振り返る。投稿651日目

21日間習慣化プログラムが始まって2週間。
折り返し地点に来たので、今までの取り組みを振り返ってみたいと思います。
初日にこんな目標を立てました。

今回習慣化したいことは、このブログの継続・毎日青年会全国大会のオブザーバー21人に声をかける、そして愛の連絡の3つです。愛の連絡とは、訪問がなかなかできにくい状況の中で、毎日1人、合計21人に電話もしくはメールで丁寧に近況など聞くことです。

初日に書いた決意より


21日間習慣化プログラムの内容や想いについては、下記のリンクをご覧ください。

1)ブログの継続について→○(新しい喜びが生まれた)

今のところ、毎日できている。1月6日からスタートしたが、今日で連続70日目を迎えた。トータルでは651日目。塵も積もれば山となる。

どこで書く時間を捻出しているか?
朝、仕事が始まるまでの45分と昼の休憩時間の30分。計75分。
この2つの時間を使って、なるべく一本書き上げるように努めています。

心理学で「締め切り効果」というコトバがあります。
次の予定などが入っている場合、時間内に終わらせる必要がある。その間はものすごい集中力を生み出すそうだ。75分で書き終えないと、帰ってからたくさん書かないといけなくなる。夜に書きたくないので、一所懸命書く。

朝からものすごい勢いでタイピング。何をしているんだろうとこの人と思うかもしれないが、そんなのはお構いなし。自分が好きでやっているのだから。
あまりにも集中しすぎて、般若のような顔をしているとよく言われます(笑

職場への移動中に「今日、何を書こう。そういえばこんなことあったな。」とパッと浮かんだことを書く。振り返りを書こうと思った理由は、T委員長の自発的な振り返り投稿を見た影響から。
決してブログのネタが無かったわけではないことを付け加えておきます(笑

書き続けて気がついたことがある。毎日の習慣となるベース(柱)ができることで、おのずと自分の生活を見直すきっかけが生まれたこと。毎日ブログを書くために必要な時間を捻出する。色々と予定もあったり、個別対応が入るときもある。

そこで一日のスケジュールを見直すことにした。
すると大半が夜遅くにブログを書いたことに気づく。23時にブログ執筆。25時完了。これでは朝起きるのもツラいし、自分の時間も確保できない。そこで思い切って、朝と昼の75分で書く。という〆切を設けた。限られた時間の中で、集中して書けるようになった。

また、一人一人に向けた感謝シリーズから喜びの輪が広がってきた。
笑顔になれました。文章に共感をもてました。泣けました。相手の喜びを書いているのに、逆に書いた相手から喜びをいただく。

先日もある教区の方を書きたいとお願いした。以前ならこんなこと絶対にできなかった。しかし「秋元さんが書いているやつですよね?恥ずかしいけどいいですよ。」と快く受けてくださった。Wさんありがとう〜。

発信から新たな可能性が誕生した。感謝シリーズもついに全国編に突入しそうです。 このブログがこの先どうなるのか、今からワクワクが止まりません。

2)毎日青年会全国大会のオブザーバー21人に声をかける。→△(声かけの形を変えた。)

コロナウイルスの影響という理由で逃げたくはないが、ほとんどできていない。むしろどうやって声をかけていこう。今、どうしたらこの状況を乗り越えられるのだろうか?そのことで頭がいっぱい。そこを考えるだけでも労力がいる。

そこで毎月10日前後にやっている感謝と近況確認のメールをいつもより心をこめて送るようにした。通常の連絡に、一言・二言を添える。

その甲斐もあってか、昨日行われたオンライン誌友会で、卒園した小学校6年生の女の子が参加することにも繋がった。
「今日は皆さんとお話できて楽しかったようです。ありがとうございました。」と保護者の方から嬉しいお礼のメールもいただいた。オブザーバーの声かけは難しい状況ですが、こういう形で繋がりを築くようにしています。

3)愛の連絡。 →△ (スキマ時間を利用してメールを送る)

毎日1人、合計21人に電話もしくはメールで丁寧に近況など聞くこと。これも毎日できていない。ただ空いた時間を利用してメールをするように変えた。
この空いた時間というのが結構大切で、まとめてやろうと後回しにすると絶対にやらない。5分でも10分というスキマ時間の積み重ねが習慣へとつながる。”ベビーステップ”と呼ばれる手法。

コロナウイルスの影響でピリピリしていると思うので、なるべく相手の負担にならないように聞く。みんな外に出られていないだけで、思ったよりも元気!!という返信が多かった。

また電話が苦手と言っていた子が、電話してもいいよー。と言ってくれるようになった。ちょっとした関係性の変化なのだが、素直に嬉しい。

以上が自分の振り返りです。
特に3月前半は、思ったような活動ができなくて、自分自身の気持ちが負けそうになることもしばしば。できていないことのほうが多いです。

立てた目標が大きすぎたり、あまりにも生活の負担になりすぎていると感じたら、ちょっとゆるめたりしても良い。アクセルとブレーキを駆使することでクルマや自転車は動く。人間も同じでいいのではないでしょうか。事実そうすることで、続けられていることもあります。

ボク自身も日々変わりゆく生活のなかで、やり方も考え方も変化しています。
しかし根本にある「人間は神の子で素晴らしい」という真理は永遠に変わりません。これを胸に秘め、残り7日間も笑顔で頑張っていこう。あとちょっとだ。

振り返ればオレがいる。

無言のメッセージ。投稿650日目

無言のメッセージ。投稿650日目

突如送られてくる一通のメール。送り主の相手はボクと同じ男の子。というより男性といったほうがいいのかもしれない。メールを開くとそこには、一枚の写真が貼られている。その後に続く文章はない。いつもこれだけだ。

そもそも彼と会い始めた理由も「Sくんという男の子がいるから会いに行ってほしい。今まではずっとお世話していた方がいたんだけど、今は訪ねる人がいないみたい。何とかならないかしら。」という相談からだった。事務局にはこういうお願いが少なからずある。

Sくん?あぁ、一度練成会で見かけたことはあるな。でも喋ったことないし、ほぼ初対面に近い状態だった。
実は初対面の方と話すのはあまり得意ではない。しかし訪ねる人が誰もいないというのも悲しいし、ましてや麗しき白鳩会のお姉様から頼まれたらイヤとはいえない。

「分かりました。この日に行きますから連絡しておいてもらえますか。」
こういう場合、日程を強制的に入れないと人は行かない。後で検討してみます。というのは絶対にやらない。どんな人なのか?ちょっとした不安を抱えながらも当日を迎えた。

恐る恐るインターホンを鳴らす。
「こんにちは~。青年会の秋元です。いつもありがとうございます。」
「ありがとうございます。よく来てくれました。」
出迎えてくださったのは彼のお母様。 事情を説明しながら来た経緯を伝える。

「今日はSさんに会いにきたんですが、いらっしゃいますか??」
「ちょっとお待ちくださいね~。」

奥からゆっくりとSくんが出てくる。初対面ならでは緊張感。
「こんにちは、Sさん。初めましてに近いのかな? 青年会で事務局をやっている秋元です。Yさんが以前、回られていたと聞いて伺いました。なかなかご挨拶ができなくてごめんなさい。いつもありがとうございます。」
「・・・。(無言でうなずく)」

2,3言雑談を交わすが、すべて無言。会話が続かない。玄関に立ちながら、会話の話題を考える。こういうとき会話を途切れさせたら終わりだ。頭の中でそう感じていた。
同時に初対面ということもあり、長居してもどうかと考えていた。「今日は挨拶だけなので、また来ますね。」と言って、家を後にした。

この先、どう関わっていけばいいのか??
悩みながらも、行事の案内や時間があれば会いに行く。人と話すのは苦手なわけではないが、彼との会話は10分も続かない。 自分の話し方が悪いのか?と思ったが、会いに行くと不思議とイヤな顔はされなかった。

彼や彼のお母さんに次も来てほしいと懇願されたわけではない。”訪ねる人がいないのは寂しい” そのコトバの意味をボク自身、誰よりも理解していたからかもしれない。

何回か訪問するうちに、家の中にあげてもらえるようになった。当時にお母様にもボクの名前を覚えてくれるようになった。素直に名前で呼んでもらえるのはありがたい。

一度だけ彼のお姉さんが子どもを連れて遊びに来たことがあった。ゲームを一緒にやりながら、子どもに名刺を渡す。
「ボクはアキモトっていうんだ。将来青年会に来たいって思ったときはぜひボクを訪ねてきてね。」「アキモトっていうのー、この名刺大切にするよーー。」と無邪気に言いながら、ゲーム機の下敷きになっていたのはいい思い出だ。

彼は、ある事情からボクたちと同じように話すことができない。
会話が続かないなと思っていたのは、理解するまでに時間がかかるのと会話のキャッチボールを行うのが苦手だったようだ。職場で相手にされないことも多いため、一人でいることもしばしばあるようだが、本心は誰かと話したいという気持ちが強い。

そこで彼にこんな提案をしたことがあった。
「ボクもなかなか土日とか休みにくいので、あらかじめ休みの予定が分かれば都合がつきやすいかもしれません。(壁に貼ってある紙を見ながら)あ、ここに予定表があるじゃないですか。これを写真で撮ってピッとメールで送ってくれればいいですよ。」

それから時々メールが来るようになった。送られてくるのは一枚の写真。
何が写されているかというと彼の1ヶ月の予定表。その後は何の文章もない。これは会いに来て欲しいのサイン。ボクは勝手にそう思っている。
しかも気まぐれで送ってくるので、毎月来ない。彼との波長を合わせるほかないのだ。タイミングが合えば、行くようにしている。

先日も彼からメールが来たのだが、コロナウイルスの影響もあり、会うのを断念した。「こんな状況なので、行けない。ごめんねー。」とだけ返した。相変わらず返事はない。けど分かってくれていると信じている。

今、彼のもとを訪れるのはボクくらいかもしれない。大勢の交流が得意な人、苦手な人色んなタイプがいます。彼もボクもどちらかと言うと後者。
だからこそ、じっくりと1対1で向き合う人が必要で、そのために自分のような人間がいるのだと思っています。

感謝のコトバは、ここに書こうと思ったけど、今度直接会いに行ったときに伝えます。たまには「会いに来てほしい!!」という文章も添えてもらえると嬉しいかな。ボクの切なる希望です(笑

今、あなたは何を思っている!?

あなたはそのままで素晴らしい。投稿649日目

あなたはそのままで素晴らしい。投稿649日目

「イニシャル・写真もNGで、内容は私って分からないようにしてもらえればブログに載せてもOKです。」 

なかなかの難題だ。長いことブログを書いてきて、人を特定されないように讃嘆を書くのは初めてかもしれない。どう書くべきか?どうやったらうまく良さを伝えられるか?そう考えるだけでも指先が進まない。
しかし書くと言った以上は必ず書くのがボクのポリシー。うまく書けるか分からないが、頑張って祝福讃嘆させていただきます。

その方とは月1回程度、教化部に集まって打ち合わせをしていた。最初はあまり話すことはなかった。たが顔を会わせる度に、段々と話すようになった。
事情により打ち合わせする機会もなくなり、こちらに来られることも少なくなった。ボク自身、繋がりがなくなるのはとても寂しいことなので、時折メールしたり、タイミングがあれば電話もかけたりしています。

一見大人しいそうに見えて、実はものすごくよく話す。え?こんなに喋る人だったっけ?と勘違いするくらい普段とは違うギャップに戸惑う場面も。
良い出来事を話してくれることも多いが、予想もしなかったキツいコトバも何度かあった。ただ裏を返せば、ボクのことを信頼してくれて話してくれているんだと感じた。

人間、良いときもあれば、調子が上がらないときもある。特に自分が弱っているとき心のうちに溜まったモヤモヤを誰かに聞いてほしいと思うのは自然のこと。
話を聞いているうちに、自分なりの解決方法が見つかって段々と声のトーンが上がって明るくなっていく。気がつけば、悩んでいたことが嘘のように前を向いている。

生長の家では、一時的には悪くなったように見えても、本当は素晴らしい神の子であること私たちは学んでいる。この人の本当の姿が現れてくるたびに嬉しくなる。声が弾む。元気になる。こちらも笑顔になる。

「気がつかないうちに色々と聞いてもらって、ありがとうございます。色々とキツいこともいいますが、気がつけば、何でも話せてしまいます。」
「秋元さんは青年会の事務局長として偉大だと思います〜。 こうやって会員の心の内を吐き出させてくれますし、話しやすい雰囲気なんですよ」

嬉しい讃嘆なんだけど、自分で書くと結構恥ずかしい(笑
色んな人に言われるのだが、ボクと話していると友達感覚でしゃべっているような感じになるようだ。友達感覚でしゃべるということは、とりとめのない話をするだけなのだが、それがとっても心地よいらしい。気がつけば何時間でも話せてしまっている。さしずめ居心地のよいカフェといったところか。

特にアドバイスするわけでもなく、ただ聞くだけ。終わったあとにはまた頑張ろうという気になってくれるらしい。ボクがその一助になっていると思うと嬉しく思う。

最後は、あなたの良いところも含めて感謝のコトバで締めたいと思います。
いつも青年会に来てくださり、ありがとうございます。名前もイニシャルも書けないので、ちゃんと気持ちが伝わっているか分かりませんが、あなたがニコニコと笑顔で教化部に来てくれることがとても嬉しいです。

時間がないなかでも、地元で自分ができる活動を考えてやってくださる姿がありがたいです。先日、ココロに少し余裕が出てきて、これから何をしたらよいか?
という質問。答えになっているか分かりませんが、まずは自分にとってできるところからで充分です。

誌友会を開催したり、集まれる場所を作るということも、あることに越したことはないですが、それよりもちょっとした時間にカフェに行ったり、自宅に招いてお茶を飲みながらお話を聞いてあげる。それだけでも誰かの役に立っています。

小さなことでも、ココロの明かりを灯しています。ちょっとした時間にメールするだけでもいいんです。自分がやってもらって嬉しかったことを、今度は自分がやっていけばシアワセは循環していくと思っています。

あなたはそのままで素晴らしい方です。あなたが元気で笑顔いっぱいなら、自然とシアワセがさらに繋がってきます。気がついていないだけで、あなたの周りにはたくさんの方が応援してくださっています。大丈夫!! だからそのままで素晴らしいんです。

またいつでも教化部に来てくださいね。
来られるのを笑顔でお待ちしてますね(*´ω`*)

あなたはそのままで素晴らしい神の子。

やらない後悔よりもやって後悔。投稿648日目

やらない後悔よりもやって後悔。投稿648日目

「今回はこんなわけで、会えないんだ。」
仲の良い友達に、このコトバを伝えるのが辛かった。コロナウイルスの関係で、3月いっぱい青年会での対面自粛を決めている中で、私生活でも極力外出を自粛をしています。

別にプライベートくらいと思われる方も見えるかもしれない。でもすべての行動は繋がっていると思う。コトバに一貫性がないと、何であなたはOKで私はダメなの?と思われるし、他のみんなにも同じことを伝えられない。こうやって書いているが、この決断は非常にツライ。

その方とはお互いが予定を作って会うと決めているのだが、どちらかと言うと相手の方がボクの予定を合わせてくれることが多い。だから電話で断ったときもすごく残念そうだった。本当にごめん。そしていつもありがとう。またこの埋め合わせは必ずします。

話は変わって、スティーブン・R・コヴィー著『7つの習慣』という本を読みはじめた。読んでいる理由は2つある。1つは、青年会で21日間習慣化プログラムという企画をやっている。その中で習慣が及ぼす影響、それに特化したものはないかと探したときに、この本に出会った。

とはいえ、この本をずっと敬遠していた理由があった、500ページも超える分厚さ。買おうかどうか迷って、読む気にはなかなかなれなかったが、もう1つの理由から読み始めてみようと決意した。それは尊敬するNさんからメールをいただいたことだった。

スティーブン・R・コヴィー博士の『7つの習慣』という本をご存知ですか⁇
読書好きの雅晴さんならきっとご存知ですよね。

その中で、誠意・謙虚・誠実・勇気・忍耐などを磨く事が大切で、「人格主義」が成功の鍵と説かれています。

今回の新型コロナウィルスの件で、何を考え、行動に移せばいいのかと、自問自答する毎日です。日本経済の先行きも不透明です。こんな時こそ、『善いと考えたことをそのまま行動に移すことができるか』これが『自分の人生を生きる』ことに繋がるのでしょうか。色々な行事が中止になる中、少しでも多く聖典を拝読し、自分の「人格」を高めていきたいと思っています。

ボクをいつも温かく見守ってくれる方からのメッセージより。

まさに天の声をいうべきか。Nさんはいつも温かく見守ってくれて、時にはすごくしっかりとしたアドバイスをくれる。知ってか知らずか、いつもボクが迷っているときにメールが届くので、どこかで見ているのでは?と思うくらい。それでもこの心遣いがいつもありがたい。

いい笑顔だ。

読み始めていて、とある文章に目を引いた。

ある日曜日の朝、ニューヨークの地下鉄で体験した小さなパラダイムシフトを私は今でも覚えている。乗客は皆黙って座っていた。新聞を読む人、物思いにふける人、目を閉じて休んでいる人。車内は静かで平和そのものだった。

そこに突然、一人の男性が子どもたちを連れて乗り込んできた。子どもたちは大声で騒ぎだし、車内の平穏は一瞬にして破れた。

男性は私の隣に座り、目を閉じていた。この状況にまったく気づいていないようだ。子どもたちは大声で言い争い、物を投げ、あげくに乗客の新聞まで奪い取るありさまだ。迷惑この上ない子どもたちの振る舞いに、男性は何もしようとしない。

私は苛立ちを抑えようにも抑えられなかった。自分の子供達の傍若無人ぶりを放っておき、親としての何の責任も取ろうとしない彼の態度が信じられなかった。他の乗客もイライラしているようだった。

私は精一杯穏やかに、「お子さんたちが皆さんの迷惑になっていますよ。少しおとなしくさせていただけませんか。」と忠告した。男性は目を開け、子どもたちの様子に初めて気づいたかのような表情を浮かべ、そして、言った。

「ああ、そうですね。どうにかしないといけませんね…。病院の帰りなんです。一時間ほど前、あの子たちの母親が亡くなって…これからどうしたらいいのか…あの子達も動揺しているんでしょう…」

その瞬間の私の気持ちを想像できるだろうか。私のパラダイムは一瞬にしてシフトした。突然、子どもたちの様子がまったく違ってみえたのだ。違って見えたから、考えも、感情も、行動も変化した。

7つの習慣より引用

このようにして一つの見方を変えると同じ視点でも全く違って見えるのだ。
自分の行動や言動は正しい!!と思っていても、受け取る相手にとっては迷惑になることもあるし、はたまた好印象に受け取ってもらえるときもある。

また、別のページにはこう書いてあった。

誰しも、自分は物事をあるがままに、客観的に見ていると思いがちである。だが実際はそうではない。私達は世界をあるがままに見ているのではなく、私たちのあるがままの世界を見ているのであり、自分自身が条件づけされた状態で世界を見ているのである。

7つの習慣より引用

相手を想い、相手へしっかりとメッセージを伝えているつもりが、実は全く逆の方向へ捉えられてしまい、最悪の場合、人間関係に大きな影響さえ及ぼす。
自分自身の発信も相手のことを良かれと思い、色々と書かせていただいている。ただ、毎日書いているがゆえに、誤解を与えてしまうこともあります。

なぜこれを書いているのか、何を誰に伝えたいのかを事前に伝えていても、迷惑をかけてしまうことがあります。批判される恐れもあります。でも、何もやらない後悔よりも、やって後悔。大勢に分かってもらえなくても、たった一人にでも分かってもらえさえすればいい。

ボクという人間を信じてもらい、目の前の人の喜びやありのままを伝えていきたい。そういう信念を持って行動しています。伝わるといいな。

遊ぶことをキャンセルしてしまったYさんにも、この気持ちが分かってもらえる日が来ると信じて。いつも大切に思ってくれてありがとう。


誰からも愛される男、たかし。投稿647日目。

誰からも愛される男、たかし。投稿647日目。

「たかし、最後まで頑張ったな。大変やったけど、良く頑張ったな。」

冬季中高生練成会終了後の運営委員会。最後の拝み合い。
ボクたちは、人目もはばからず泣いた。

誰からも愛される男、たかしとの出会いは早かったと思う。
彼は教化部の隣にある別館で毎月、青年誌友会を開催していた。
ボクが教化部に入って1ヶ月目の寒い12月。彼の誌友会に参加した。まだ青年会がどんなことをやっているか分からなかったとき、たかしくんの誌友会に参加できたことは非常に良かった。こんな面白い子がいるんだなと、青年会活動がすごく楽しみになった。

当時、彼は日曜日しか休みがなかった。平日はなかなか連絡が取れず、電話してもメールをいれても全然返ってこなかったときが多々あった。連日の仕事疲れもあったかもしれないが、よく会議に遅刻したり、家で寝ていたってこともしばしば。そのたびに「お前は何を考えているんだ。」「何でいつも遅刻するんだ。」と怒ったことも。

しょげかえる彼を見て、きっとボクの見えないところで亀田くんや内田委員長がフォローしてくれたと思う。ボク自身も彼が憎くて言っているのではありません。青年会の活動で周りが集まっている時に、自分がそれをやられたら信頼関係が傷つくと思ったからだ。

育成指導部長もやっていたので中高生や他の若い子達から、たかしくんが信用されなくなるのは勿体ないと感じていた。最近は、改善されてきているのでボクやみんなの願いが届いたと信じている(笑

彼の一番の良いところは、その明るさと愛嬌にある。
遅刻してもちょっと色々な失敗をしても笑って許される雰囲気。たかしくんだから仕方ないよね〜。とか、もうちゃんとしてよ!!と言われつつも、気がつけばみんながたかしくんの周りを囲んで笑顔で話している。何だかんだいって、たかしのことが大好きだ。

守りたい、たかしの笑顔

さらに乃木坂46の齋藤飛鳥の良さをこれでもかと語る。
「秋さん、飛鳥がね。」「もう齋藤飛鳥語らせたら何時間でもいけますよ。」
彼の前で、さいとうあすかの”さ”の字でもつぶやいたらもう止まらない。

ある日こんなことを聞いたことがあった。
「もし齋藤飛鳥が、たかしと付き合ってくれって言ったらどうするの?」
「いや、ボクは付き合いません。」
「何で、お前好きって言っていたじゃん。」
「秋さん、ボクはね、彼女がまだ売れていない頃から知っているんです。ずっと応援しているんです。そういう立場で〜(中略)なのでそういう風に見てません!!」
「お、おう。そうか。分かった。お前のアツさはわかった(笑 それを青年会活動にも熱量込めてもらえたら嬉しい。」
「どちらも熱込めてますよ〜。飛鳥だけじゃないっす!!」

サシで飲みに行ったときも、最初は神妙な面持ちで、会社の愚痴などを聞いていた。と思ったら、齋藤飛鳥の良さを延々としゃべりまくる。
「握手会行って飛鳥と握手してくるんですよ。いいでしょ〜。」もう悩んでいるのか飛鳥の話を聞いてほしいのかどっちやねん。と思った。それもたかしくんのキャラが為せる技だ。

冗談を言いながらも、中高生練成会は彼の勢いと思いがあればいけると信じていた。
しかし、開催の3ヶ月前から彼の仕事の様子がかわり、連絡も取りにくくなった。なかなか打ち合わせらしい打ち合わせもできず、本来決めていかないといけないことが決まらない日々が続いた。

本当に開催できるのか??本当に彼は来られるのか?うまくいくのか?漠然とした不安だけが残った。幸い、色んな人の助けもあり、中高生練成会は無事に開催することができた。たかしくん自身もみんなもギリギリの中でやっていたと思う。

終わった後の拝み合い。ボクは泣かないと決めていた。というよりも、この中高生練成会が無事に終わって良かったという安堵感でいっぱいだった。
中高生自身も笑顔になって、また会おうという空気感に包まれて本当にシアワセな雰囲気を見て、次に繋げていこうという気持ちに頭が切り替わっていた。

だけど、たかしくんの目の前で拝みあった瞬間、もう涙腺崩壊。あぁ、本当は一番彼が大変で苦しかったんだろうなと感じた。その気持ちを感じた時、もう抱擁していた。分かろうとしていたのではなく、分かってあげられなかったことを彼に伝えた。

「たかし、お前はよく最後まで頑張った。大変だったことを分かってあげられなくてごめんな。」

たかしくんがボクに返してくれたコトバは、ここでは書かないことにしよう。
ボクとたかしくんの二人だけの秘密にしたいから。
あのときほど、彼がいてくれて本当に良かったと心の底から思うことができた。

そんな誰からも愛される男、たかしくんへメッセージを送ります。
たかしくん、ありがとうございます。メッセージにすると改めて文章にすると出てこない(笑

さえちゃん、ゆいちゃん、つゆり、としくん、過去にはみぽりん、あすかちゃんが笑顔で安心して活動できたのは、君がいてくれたからこそだと思います。
育成でちょっと大変な時期もあったけど、たかしくんのキャラクターと愛嬌の良さのおかげで、今はジュニアの数もぐーんと増えて、喜びいっぱいの活動へと広がっています。

今はなかなか忙しくて足を運ぶのが難しいかもしれませんが、また時間があれば、気軽にいつでも教化部に足を運んでくださいね。また会えるのを楽しみにしてる。たかしのおごりで飲みにいくのも楽しみにしてる。
飛鳥節は短めにな(笑

WE LOVE たかし


今こそ金内会長にお礼を伝えよう。投稿646日目。

今こそ金内会長にお礼を伝えよう。投稿646日目。

「そうだ、ボクが金内会長の良さを書けばいいんだ!!」
職場へ移動中、こんな思いがこみあげてきた。OKがもらえても、もらなくても書こう。怒られたら怒られたでもいい。こういう状況だからこそ、今やらねばという強い気持ちであふれていた。

ただ、人のことを書く以上、いきなりはマズいと思ったので、金内会長に「すみません、書かせていただきますがよろしいでしょうか?」とメール。快くOKをいただけた。写真もOK。まさか会長のことを書くとは自分でも思ってもいなかった。

金内崇幸青年会会長と出会ったのは、2015年の青年練成会。ボクが生長の家青年会の行事に参加したのもこれが初めてだった。確か講師で来られたと記憶しているが、講話の内容はあまり覚えていない。

鮮烈に覚えているのが、最終日の食事の時間。ボクは本部から来ている先生ということしか知らなかったが、せっかくなので話してみたい気持ちになった。

宇治で練成会を受けたこと、研修生をやっているときに青年会の存在を知ってここに来たことなどを一通り聞いてもらった。終盤になって、「ボクは今休職期間中なんですが、この先どうしたら良いですか?」と尋ねた。しばらくして「神様の御心のままにですね。うまくいきますよ。」とだけ教えてくれた。

”神様の御心のままに”というコトバが当時そんなに好きではなかった。後は自分で考えて行動しなさい。というふうに思っていたので、どこか冷ややかな印象を感じていた。

でも聞いてもらえたことが嬉しかったので、「分かりました。頑張ってみます。」と気持ちは軽やかだった。まさかその1ヶ月後に、教化部職員として第2の人生を歩むとは思いもよらなかった。

一番印象深かった出来事がある。2017年の講習会。
ボクにとっては初めての講習会推進だった。事務局として頑張っているものの、色んなことがかみ合わず、推進がうまくいかない、自分一人だけがモヤモヤしていた。委員長にもかなりドキツく言ったような気がする。周りにも何とか頑張ってほしいと気持ちで接していた。みんなにも迷惑をかけたような気がする。
でも愛知という見えない看板を背負っている以上は、何とかしなきゃという思いがあった。胸に去来するのは、自分は一体何のためにやっているのか?

そのとき、金内会長のことが頭に浮かんだ。なぜか分からないが、この人だったらどう答えてくれるのだろうか。また今の状況をどうしても聞いてもらいたい思いが一心にあった。いてもたってもいられず、夜遅くに中央部に電話した。

するとたまたま電話に出られたのが、金内会長だった。
一発目に本人が出るとは思わず、最初はコトバが出なかったが、思いっきり話し始めた。金内会長は黙って聞いてくれた。恐らく30分以上は聞いてもらったと思う。
「すみません。長々と喋ってしまって。もう帰る時間でしたよね?」と聞くと「いえ、大丈夫ですよ。大切な青年会の仲間の一人ですから。」と話してくれた。確かこの時は、会長自身もめちゃくちゃ忙しかったはずだ。それでもボクの話を熱心に聞いてくれた。一人の人間として向き合ってくれた。

今こうやって画面に向かって書いているが、自然と涙がこぼれてくる。目をあけるのがやっと。でも振り返ってみると、それぐらい聞いてもらえたことが嬉しかった。その経験もあってボクもなるべく親身になって聞くようにしています。

それから色々な研修会や、全国大会、練成会、発表の場を通して、金内会長にお会いする機会が多くなった。いつでも金内会長は会うたびに声をかけてくれる。肩をポンポンと叩きながら、コトバ少なげに。何度も寄り添っていただいた。
きっと全国の青年の中にもそうやって声をかけていただいた方もいると思います。

誰よりも青年のことを思い、誰よりも青年会のことを好きでいてくれている。一人ひとりと真摯に向き合う。こういう人がいるだけでやる気に満ちあふれてきます。

最近は、コロナウイルスの影響で色んな状況が一変した。今までできていたことができなくなり、自粛や制限があるなかでの活動。毎日、明るいブログを綴っているが、現象的にはキツくなった。その中でも光明面が見えたことがあった。これをうまく活用すれば、今の現状を打破できる。

そう感じていたが、ある出来事に不満を持ってしまった。最初は書くつもりはなかったが、気がつけば自然と書いてしまっていた。気持ちがマイナスに向かっていたのもあったかもしれない。どうすることもできなかったし、どうしていいかも分からないのも分かっていたが、 半分意見、半分愚痴に近いような感じだった。

そして次の日。一本の電話がかかってきた。相手は金内会長だった。まさか昨日のことか??会長自ら連絡をしてこられるとは思っていなかった。
この時も20分か30分、話を聞いてくださった。3年前と変わらず、真剣にあたたかく。

本部と教区。距離が離れているので、ちゃんとボクたちのことを考えてくれていないのでは?と思うことがあった。それは青年会事務局にいる立場の人ならすごく分かるのではないでしょうか。メール・文章だけでは距離はなかなか縮まりにくい。でも自分も誤解していることがあった。

金内会長は誰よりも青年のことを考えてくれている。青年がやりやすいように色々と模索してくれている。自分が鈍感だったのかもしれないが、率先して、愛をもって丁寧に変わらず接してくださる。人がしてもらえて嬉しいことを会長自ら率先して行っている。これに感動しないわけがない。

今は未曾有の状況で、何をどうしたらいいか分からない日々が続く。
それでも立ち向かっていかないといけない苦しい時期。だからこそ今、金内会長にお礼を言うべきなのかなと感じた。かつて、会長にしてもらった嬉しいことを今度は自分がやる。というか、これを読んでいるみんなにもやってもらえたら、きっと会長も元気がみなぎってくるはず・・・。どうすれば一番伝わるのか?これがボクが出した答えです。

金内会長も今は青年会会長という立場ですが、同じ仲間だと思っています。信仰を通じて出会った仲間。偉そうに聞こえてしまったらすみません。でも一緒にやっていきたい気持ちは、表現できていないだけで心のなかにはあります。

「神様の御心のままに。」
ボクの人生の中で金内会長と出会ったことは大きな財産です。きっとこれを読んでいる方にもそう思っている方が見えると思います。
いつも親身になって寄り添っていただいてありがとうございます。なかなかこうやってメッセージを伝えることってあまりないですよね。

金内会長は普段静かな方に見えますが、誰よりもアツい情熱をもっているイイ男です。自分が青年会活動をやれるのは、金内会長のおかげだと感じてます。距離が離れていても、実は一番身近な存在であり、本当に頼れる素晴らしい方です。
同じ環境で働いている、金沢さん、林さん、原田さん、松尾さん、うらやましいです。

よく、「会長は本当にすごい!!」と言うのを聞きます。そのコトバ通りです。
皆さんが言っているか分からないので、ボクが書きました(笑

金内会長!!会長の周りには全国の青年がたくさんついています。
みんな会長のことが大好きです!! いつもありがとうございます。大切な青年会の仲間の一人として、色々と忙しいとは思いますが、これからもよろしくお願いします。

初めて出会った時も今も変わらない、金内会長の温かさがそこにある。

土(つち)。投稿645日目

土(つち)。投稿645日目

今朝から耳元でリピートするコトバがあった。
「背中で語る伝道師であれ。」
これは某練成会で講師の先生が言っていた。簡単にいうと、コトバで語らずとも自分が率先垂範することで、みんなに伝えていく。ということだ。

”コトバは語らずとも背中で伝える。”自分もこれが美徳であると思っていた。
ボク自身が営業マン時代、厳しい先輩の背中を見ながらやってきた。誰も教えてくれない。知りたかったら自分で聞きに来い。技は自分で盗むもの。そういう人が多い中でやってこれば、自然と考え方もそうなってくる。

でも今は違う。笑顔で語る時代。思ったことをコトバにして自分の気持ちを伝えていく。SNSが発達してきた今、”語らずとも分かるだろう”という阿吽の呼吸的なものは通じない。長い付き合いを除けば別だが、日常関わっている程度だったらなかなか難しいところがある。

「こう思っているだろう。」「今はああいう感じだから、こう感じろ。」
見えない背中に書いてあるのだから、自分が回って見にこいと伝えているようなものだ。今の時代、誰が好き好んでそうするのだろうか。

だったら短くとも笑顔で愛語・讃嘆・感謝のコトバを伝えたほうが良い。最近になって、ようやく気づいてきた。ハッキリと伝えてくれる方の存在ほど心強いものはない。

先日、どなたかが上げていたか忘れたが、影山知明さんという全国NO.1になったコーヒー店のオーナーさんが書いてある記事を見て、すごく共感した部分があった。

スタッフやお店を訪ねてくれる人、さらには一つ一つの好奇心やアイデアは「種」で、僕はそれを受け止める「土」であれたらと思っています。 土自体が何かをするわけではないんですけど、土がないと種は芽を出すことができない。
僕はそこに何か干渉して無理に芽を引っ張っていこうとは考えないけど、それぞれがどういうタイプの種か感じられるところはあるので、きっかけを与えたり、「こういうことをやったら向いているんじゃないの?」と提案したりはします。

影山知明さんのインタビュー記事より抜粋。

ボクがやりたいと思っている究極のカタチがコレ。
正直ここまではやれていないが、下地作り(土壌作り)は必要だと感じている。それが青年会という居場所を通じて、成長や経験をしてもらうための土壌。
種があっても、良い土壌がなければ植物は育たないし、花も咲かない。

でも、この土壌を作るのは誰もやりたくない。大変なのが分かっているからだ。土を耕し、ならしていく。誰も見ていないところでコツコツとやっていく。その土台作りの役割を果たすのが、自分なのかなと思う。

土がしっかりとしていれば、安心して種を巻き、みんなで適度に水をあげて、肥料をあげて、時間をかけて丁寧に育てていく。そうすることでようやく花が咲く。丁寧に丹精込めてやっていけば、必ずカタチとなって現れる。大変だけどやりがいはすごくあります。

すべての人が笑顔になっていく。すべての人がシアワセになっていく。
出会った人、これから出会う人の支えであり続けたい。シアワセの花が咲くことを願って。

みんなの支えとなって、見守っていきたい。



輝く、みのりん。投稿644日目

輝く、みのりん。投稿644日目

ボクが青年会に入ってからしばらく経った頃。誰が言っていたか覚えていないが
こんな話を聞いた。

「みのりんは、すごいんだぞ。」
「みのりんは、色々なところにアンテナを張って、すごい気が利くんだよ。」
「みのりんは、中高生のお姉さん的存在で、ある意味伝説を作ったんだよ。彼女の一声で色々と動く」

スゴい女性がいることなんて・・。新参者のボクでも話せるのかと思った。
彼女の家系は代々生長の家の信仰を熱心やられている。お父さん・お母さんも教化部に来られて色々とご愛念をいただいている。もちろんお兄様には大変お世話になっております。(3人とも頭が上がらない)

小中高の彼女がどういう活動をやっていたかは分からない。ただ最近の彼女を見ていると、とても楽しそうに参加している姿がよく見る。

輝く、みのりん。

青年練成会や小学生一泊見真会でも司会運営を担当してくれた。小学生見真会では、過去に金沢さんがあげてくれた青少年の推進動画を見て、感動のあまり号泣。自分に何かできることはないかと率先して手を上げてくれたほど。

彼女は、行事を盛り上げるのが本当に上手。ちょっと雰囲気が静かだなという感じがすると、「さぁーいくよー。」というノリになるし、盛り上がっていると様子を見ながら次に向けた準備を怠らない。伝説はどうやら本当だ。

今回の中高生練成会の司会進行も彼女の力なくては成功しないと思っていた。ぜひ一緒に中高生練成会の運営をお願いしたいとメール。「予定を確認してみます」と返事をくれた。そして2,3日経って、「3日間行けることになりました。よろしくお願いします。」本当にありがたかった。

彼女と司会原稿を事前に打ち合わせしていると、細かいところによく気がつく。「ここはこういう風にやっています。」「こうしたらいいのでは。」「これを原稿に書いてあるといいかもしれません。」と自分でも気がつかないところをズバズバと伝えてくれる。
「今回、れいちゃん・ちはるんをメイン司会でお願いしているので、サポートとしても協力してほしいです。」と伝えると、「同じ事を考えていました~。」と以心伝心な面もあって、嬉しい気持ちになった。

れいちゃんに優しく教える、みのりん。

以前のブログでも書いたとおり、中高生練成会は感動のグランドフィナーレで幕を下ろした。まだの方はこちらを読むとボクの想いが伝わります。

練成後に彼女が書いた総括がある。あまりにも感動した内容だったので、本人の許可を得て掲載します。

本当に今の私があるのは、ここで出会った人達のおかげで、練成を一緒に作り上げてくれた人達のおかげで 昔から本当は大好きだった生長の家を素直に好きと言えるようになれた事、幸せです。 自分が素直になれるきっかけを作ってくれてありがとう〜!!! 練成がいかに素晴らしい行事か。たくさんの人に伝えれたらもっともっと幸せですね〜!!

みのりんの中高生総括より(原文ママ)

昔からみのりんのことを知っている人は、みのりは変わった~。と言うし、最近から関わりだしたボクにとっては、素晴らしいきっかけになって良かったなと思います。素直に思ったことを喜びをもって表現してくれた。本当に来てくれてありがとう。最後の運営委員会の後の握手で、めっちゃ語った〜。嬉しかった〜。

みのりんの周りにはいつも人が集まる。

そんな素晴らしい彼女にも意外な一面がある。漢字が・・。
あーこれ以上言うと怒られそう。このブログを密かに楽しみにしている。と言ってくれたので、読んで怒らないことを祈る(笑

みのりん、ありがとうございます。いつも教化部や青年会の行事などに来てくれてありがとう。気がつけばみんながみのりんの周りを囲んで、楽しそうに話している。そしてみのりん自身も笑顔になっている姿を見ると、微笑ましく感じます。みのりんあるところに、シアワセあり。

これからもステキな笑顔といつまでも変わらないみのりんでいてくださいね。
いつもありがとう。