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深愛(しんあい)。投稿627日目

深愛(しんあい)。投稿627日目

水樹奈々さんの曲を聞きながら書いている。彼女は言わずと知れた声優界のレジェンド。にわかファンなので、分からない曲も多いが、とにかく彼女の歌声を聞くと元気が出る。『深愛』はNHK紅白歌合戦でも歌われたので、知っている方も多いだろう。

深いというコトバには、”物事の奥底まで考えられている”という意味がある。話は変わって、昨日安城青年誌友会を開催しました。 青年会幹部研修会で発表させていただいたボクの誌友会です。

どんな思いで誌友会を開催しているかはこちらをご覧ください。 http://moon-phase.net/archives/3922

そこに久しぶりにUTくんが来てくれた。安城青年誌友会が立ち上がったときの初期メンバーの一人。

彼はボクのことを、社長と言う。理由は遊戯王シリーズに出てくる海馬コーポレーションの海馬社長から。もちろんボクに社長の肩書はないし、雰囲気もない。それでも会うと社長!!社長と声をかける。

誌友会のあだ名だけで2つある。くまさんと社長。プラス普段呼ばれている秋元さんと雅晴さんを加えると4つになる。呼び方は違えど、全部ボクだ(笑

彼は人懐っこくて、面白いことを言う性格の持ち主。物怖じせず、かる~くボクをいじってくる。あまりにも面白すぎて、「お前、面白いけどいい意味で面倒くさいな(笑。」と言ったことがあった。「そうなんですよ。調子乗ってしまうんですよ~。」と悪びれないところもご愛嬌。

訳あって誌友会に足が遠のいていたが、先週に彼からラインで「久しぶりに参加します!!」とメールが来た。あまりにも参加していなかったので、時間を作って会いに行ったこともあった。その時は「今は・・・行けないです」。コトバも少なげ。
それでも時が来れば、いつか絶対に来てくれる。断られながらも声をかけ続けてきた。そして昨日、彼が戻ってきてくれた。気がつけば1年。こんなにも嬉しいことはない。

当日は誌友会開始の1時間半前からやってきた。「あれー、めっちゃ痩せましたねー。」「バカヤロウ、お前が来ない間にしぼんでしまったよ(笑」と冗談をいいつつも、いつもと変わらない様子で雑談した。

いつ来ても、いつまでも変わらない場所がここにある。終わったあとに「みんな僕のことを受け入れてくれて、めっちゃ幸せな時間でした!」とメールをくれた優しい彼。そして彼を温かく迎え入れてくれた誌友会のメンバーの深愛(しんあい)に感謝します。ありがとう。

ステキな仲間の深い愛に囲まれて。


ルーズボーラー。投稿624日目

ルーズボーラー。投稿624日目

机の上に目を向けると一枚の色紙が置いてある。大きく「秋元先輩へ」と書かれている。中高生の時はバスケ部に所属していた。入部したきっかけは、漫画『SLAM DUNK』の影響から。下手の横好き。決してウマくはなかったが、好きだったから6年間続けることができた。

特に高校生のときは、ほぼ怒られっぱなしの毎日。レギュラーになるどころか、スポットライトすら当たらない日々。それでも気合と勢いで続けてきた。そんな自分が唯一、褒められたことがあった。ルーズボールの練習時間だ。

ルーズボールとは、試合中にボールの行方が味方・相手チームどちらか分からなくなるときがある。そこで、全力でボールを追いかけて自分のものにするための行為だ。野球で例えるならば、高校球児がバットで打って、全力で一塁ベースへ走っていくことを想像していただきたい。

ボールをコートに落とさずに、連続10回キャッチしたら終了。一回でも落としたらやり直し。ボールが落ちるか落ちないかギリギリのところをコーチは狙う。左右に振られながら、全力ダッシュで飛び込む。擦り傷なんて1つは2つじゃない。

誰もが苦手としていたルーズボール。ボクはこれが何故か好きだった。理由は単純。小手先のテクニックやウマさが求められない。頑張ればできるからだ。これで一番になろう。とにかく一所懸命やった。誰にも負けないくらい必死にやった。

色紙には後輩からのメッセージが書かれている。
「先輩たちの中で一人とても輝いていた先輩。ルーズボーラー。クールかと思いきや笑いもいける秋元先輩。勉強だけではなく恋愛にも頑張ってください。」
「先輩のガッツポーズは忘れません。これからもどんどんとガッツポーズしてください。先輩のルーズボールは忘れません。」

ルーズボールのことばかり(笑
恋愛はともかく、笑いと粘り強いところは17年経っても継続している。この練習があったからなのか、頑張れば何とかなることを学ばせてもらった。諦めなければ絶対に良くなる。だから今を頑張ることはとても大切。あの頃に出会ったすべての人に感謝を込めて。ありがとう。

これからも全力で追い続ける。

忘れていた感謝。投稿623日目

忘れていた感謝。投稿623日目

感謝シリーズも15日目。改めて”感謝”の意味を調べてみる。
「ありがたく思って礼をいうこと。心にありがたく感ずること。 」
そのことを強く思わせる出来事があった。

昨日、30代のための青年誌友会を開催。講話の途中で、ある食品を製造・取り扱いをしている老舗会社のお話があった。来てくださった講師がそこの食品を長年愛用しているとのこと。「知っている方はいるかしら??」と聞かれ思わず、「もしかして、○○市にある、S社ですか??」と答えた。

たまたま知っていたのではない。その時は何も触れなかったが、実はボクにとっては因縁がある会社だった。そこで起きた出来事により、前の職場では左遷。結果的に仕事を辞めてしまうことになった遠因でもある。ただ大きな誤解をしてほしくないのは、Sは素晴らしい会社。左遷・仕事を辞めることになったのは、すべて自分が招いてしまったことと捉えてほしい。

S社は社員教育が徹底されている。会社の至る場所に、”ありがとうございます”と書かれているのが特徴的。従業員が立ち止まって、「ありがとうございます」と会釈をしてくれる。とても驚いたことを今でも覚えている。

創業者が生長の家の信仰でもされているのか?と思うくらい、会長・社長さんがいつも笑顔でニコニコされていると講師の先生は話してくれた。その姿勢はボクが担当していたときと全く変わっていない。営業マンをやっていた当時、間接的ではあるが、販売店を通してS社と取引を始めた。

燃料転換の大きな仕事をするなかで、自分の知識・経験不足からS社に大迷惑をかけてしまったことがあった。どうしようもできず、それをひた隠しにしていた。もちろん悪いことはいつまで経っても隠し通せるはずもなく、バレるのは時間の問題。結果的に会社に大損害を与えてしまった。

人生で土下座というものを初めて行ったのも覚えている。頭をこすりつけて相手がいいというまで詫びるのだ。思い返すとツラかった。その後、責任を取って私は子会社に左遷。今度は頑張ろうと心機一転したが、そこでも同じ問題にぶち当たり、うつ病に近い症状を患った。生長の家に出会ったことで元気を取り戻し、団体職員として第二の人生を歩んでいる。

生長の家では「天地一切のものに感謝せよ」との教えが根底にある。あの出来事がなかったら、生長の家に触れていなかっただろうし、このブログも書いていないだろう。当時は悔しくてたまらないイヤな出来事だったが、8年経った今はその出来事があったおかげで、たくさんの出会いに恵まれた。

過去のことを克服したつもりが、心の奥底にずっと感謝したくない気持ちが眠っていたのかもしれない。ふと表面に浮き出てきたのは、きっと感謝のコトバを伝えたほうが良いという神様からのメッセージだろう。改めて感謝の気持ちを伝えます。

S社さん、ありがとうございます。その節は大変ご迷惑をおかけしました。問題があった当初は夜も眠られなくなるほど、怒りと憎しみでいっぱいでした。自分が招いたこととはいえ、自分の人生を狂わせた矛先をそこにぶつけることでしか方法がありませんでした。本当に本当に苦しかった。

あれから8年。久しぶりにS社の名前を聞いたことは、今感謝しなさいとのお告げだったのかもしれません。感謝シリーズを書き始めたことも、偶然ではなくここにたどり着く布石だったのかもしれません。

今まで伝えることができず、すみません。そしてありがとうございました。また顔を出せるようになったら、S社の製品も買いに伺います。よろしくお願いします。

ありがとうは、世界を変えるマジカルフレーズ。


青年会におまかせください。投稿622日目

青年会におまかせください。投稿622日目

誰に対して感謝のメッセージを書くか。思いつきのときもあれば、前もって準備しているときもある。本日は、生命学園の卒園生の保護者に向けて、感謝のコトバを書こうと思う。

素晴らしい良き日、合同卒園式が教化部で行われた。14名の卒園生に対し、出席は11名。無事に卒園式が終わると、午後から青年会への架け橋を行った。卒園生と中高生で、おいなりさん作りとミニゲームの交流会。保護者と園長先生と青年会のメンバーで、ジュニア向けの説明会を座談会形式で行った。

保護者側では、参加者の自己紹介とお子さんの讃嘆、良かったことなどを共有。
生命学園で得られた喜びなどを話していただいた。途中、ボクの生長の家に入った経緯を交えながら、中高生の時に生長の家の真理を学ぶことの大切さを説明。合わせて、現在のジュニア活動の様子や雰囲気、そこから生まれた喜びを自信を持ってお伝えした。

卒園生と中高生側も、3班に分けておいなりさん作りを行った。班分けが絶妙だったらしく、お互いがすぐに打ち解けて盛り上がる様子があちこちで生まれたとのことだった。ミニゲームの様子は聞いていないが、戻ってきた子どもたちの笑顔を見たら、どれだけ良かったは想像に難くない。

中高生と育成メンバーのおかげもあり、1つの喜びが生まれた。今日来ることを迷っていた卒園生が、その場でジュニア入会に繋がったことだ。中高生に見守られながら、本人が申込用紙に署名していた。この光景も側で見ていた、おばあちゃんもビックリしていた様子。青年会への架け橋の時間が卒園生にとっては、とても心地の良いものだったと改めて感じました。

合わせて、5名のジュニア入会につながった。申し込みはされていないが、ジュニアに入りたいと言ってくれた子も数名いた。まだまだ喜びが生まれそうだ。

卒園生の保護者の皆様、本日はご卒園おめでとうございます。これから中学生に進み、色々な喜びや困難に出会うことと思います。生命学園で学ばれたお子さんにとっても同じことです。困った時、頼りたいとき、いつも身近にあるのが青年会です。

私達はお子様の成長を通じて、ご家庭も明るくなり、喜びに満たされた生活を願っております。ジュニア友の会に入会してくださった方も、これからという方も誌友会や中高生向けの練成会を通じて、卒園後も生長の家の信仰・素晴らしい大人になる架け橋を紡いでまいります。お子様の成長・喜びを一緒に作っていきましょう。青年会におまかせください。今後とも宜しくおねがいします。

新しい門出を祝福いたします。

遠くにいるからこそ身近に。投稿621日目

遠くにいるからこそ身近に。投稿621日目

ボクが青年会向けに書いている、手書きの通信「浄円月通信」。
毎月ラインで、前に愛知にいたメンバーに送っている。当たり前のことなんだけど、もう愛知を離れているから、送る必要はないと感じるだろう。

理由は?と聞かれたら、簡単だ。送りたい相手だから。愛知のことを思い出してほしいのと、こんな感じでやっているという雰囲気を伝えたい一心によるもの。一度離れても、仲間は仲間。大切にしたい。

また習慣化すると、書いたら送るというルーティンができる。逆に送らないと気持ちが悪い。あ、送ってなかったな。送ろう。気がつけば、無意識のうちにメールしている。読み読まないは相手の自由。でも送りたいから送る。

彼女から、返信がきた。最後のほうに、「秋元さんのメールで、本当久しぶりになるのですが、明日大阪の生長の家女子部に顔を出そうと思いました! 行ってきますね。」と書かれていた。
ボクは、いつもどおりに通信を送っただけなのだが、こういう喜びに繋がったことは、すごくありがたい。

”遠くにいるからこそ身近に感じる通信は、私にとって嬉しいものです。”
こういう温かいメッセージは、おでんよりもココロにしみる。特に30歳を超えてから、めっきりと弱くなってしまった(笑

前にも書いたことがあるかもしれないが、浄円月通信が今のように手書きになったのは、彼女が書いていた「ひろちゃん新聞」の影響からだ。それまではパソコンで作っていた。ただ、パソコンには温かみとシンプルなのに面白く、どこかほっこりするところに魅力を感じて、作り方を教えてもらった。いわばボクの師匠。

ブログも手書きの通信も、どちらも自分のことや活動のことを知ってもらうためのツール。労力もいるし、書くのも時間もかかる。それ以上に誰かの為になっていると分かると、やりがいを感じる。彼女は、素直に喜びを伝えてくれるので、続ける原動力の一つになっている。

今でも「ひろちゃん新聞」は大切にとってある。時々見返しても、やっぱり上手に書いている。ボクという人間性が伝わるように、誰かに喜んでもらえる文章をこれからも続けていこうと思う。

ひろちゃん、いつも読んでくれてありがとう!! 素直な表現や感想が自分にとっては心地よく感じます。毎月少しずつでも喜びを伝えられるようにこれからも頑張るね。また向こうへ行っても、送り続けると思います。国境はないので、きっと届くはず(笑 また会えるのを楽しみにしてます。

温かいメッセージをありがとう!!

くまさんと呼ぶ女の子。投稿620日目

くまさんと呼ぶ女の子。投稿620日目

教化部に入ってから約2年。中高生のお世話をする彼女と出会ったのは、その頃だったと記憶している。最初はほとんど話すことはなかった。ただ、段々とボクの体型がクマに近づいてきたこともあり、「くまさん」と名付けられた。自然の流れで彼女からも「くまさん。」といじられるようになった。

彼女は、中高生のお姉さん的存在。周りにも気を配り、時間がない中で一所懸命やっていた。正直、10代であそこまでできる人は、なかなかいなかった。

3年前の青年練成会。行事が終わり下の事務所で作業をしていると、彼女がひょっこりがやってきた。特に話かけてくる感じではなかったけど、話したそうな雰囲気を出していた。

「どうしたの??ちょっと話そうか?」と尋ねると、「うん。」と頷いた。
話しているうちに「何で活動をやっているのかがよく分からない。」と呟く。

深夜0時。静寂が辺りを包み込む。カラダも疲れていたが、一所懸命彼女が話すコトバを聞き漏らさないように、耳を傾けていた。その時に、どうやって答えかは覚えていない。一つ言えることは、彼女に寄り添った答えを出せていなかったことだ。しばらくして、青年会に来なくなってしまった。

今、思えば学校やバイト・青年会活動とあるなかで、かなり負担をかけさせていた。気がついていたはずなのに、気がついてあげられなかった。どうしたら良いか、その時のボクは本当に分からなかった。きっと親身になって話を聞くだけでよかった。できなかったことの後悔が大きい。

青年会は無理をさせるところではない。喜びを表現するところだ。今なら分かる。彼女に対して、こうしていたら、ああしていたら、状況は変わっていたのかもしれないと感じた。あのときの情景は今でもフラッシュバックする。

青年会事務局長になったばかりで、育成に対して、どうアドバイスをしてよいか分からなかった。自分が経験したことのないポジション。聞かれても分からない状況。だから任せっきりになってしまった部分もある。10代の頑張りに応えることのできなかった自分を悔やんでも悔やみきれない。

なるべく個別で会って、話をしたこともあった。ご飯を食べながら思い思いのことを語る。短い時間でも、彼女の笑顔に接することができて良かった。たまにひょっこりと教化部に来てくれることもある。その時は、いつも嬉しくなる。

会えなくなった。離れてしまったから関係ないのではない。いつも気にかけている。出会った人・これから出会う人すべてに言えること。このブログを見ているかは分からないが、感謝の気持ちを伝えます。

「あの時は、本当に寄り添えなくてごめんなさい。学校卒業が近づいていると思うけど、どんな進路になったとしても、あなたの人生には絶対にプラスになる。正解なんてない。思った通りに進めばいい。今は会うことが少なくなってしまったけど、MHちゃんのこと信じてる!! 明るくボクをいじるくらいの感じが、ちょうど合ってます。偽りのない、いつものMHちゃんでいてね。また教化部に来るのをまってます。」

「くまさん!!」そう呼んでくれる笑顔の彼女に再び、会えることを信じて。

ボクは、いつでも来るのを待っているよ~。

愛される受付。投稿619日目

愛される受付。投稿619日目

先日はかなり忙しかった。ずっとカラダのトレーニングもできなかったので、今日は久しぶりに運動。その後、時間があったので、とある食のフェスへ行ってきた。普段からは想像できないほどのハイペースでガッツリ食らいつく。
結果、見事に糖質王国の襲来にやられてしまった。後悔?あるわけがない。
あったとしたら、中途半端な食べ方とした時。行くときは一気に食らいつけ(笑

食べることが好き!!といって、真っ先に思い浮かんだのはTさんだ。ちなみにボクと彼女は同じ事務所で働いている。これを書いたら、あぁ!!と浮かんだ方は教化部によく来る方だろう。

青年会のメンバーがよく、「Tさんがいるといないのでは、全然違う。」とそれぞれ言う。それはボクも思うところ。他の人が悪い・良くないというわけではなく、彼女の存在によるところが大きい。事実、RくんやHさんはじめ青年会のファンは多い。

彼女は頑張り屋さんで、一つのことに集中するとゾーンに入る。入ったときの彼女は本当にスゴイ。自分でも思いつかないようなことやアイディアを次々とアドバイスしてくれる。
またphotoshopや桐という教化部でしか使わないソフトも楽々こなしてしまい、思わず唸ってしまったことは多々ある。それぐらい愛知教区青年会・教化部受付には欠かせない存在なのだ。

それに匹敵するように食に対するゾーンもすごい。特にお値打ちな情報や半額情報なども詳しく、よくそんなの知っているなー。と思うくらい引き出しがある。
そんなところも彼女の良さの一つ。これからも愛される受付として来られる青年を温かく迎えてもらえたら嬉しいです。

いつも笑顔で青年会の対応してくれて、ありがとう!!
これからもよろしくね(*^^*)

こんなにも〜美味しいものがあるんですよ〜(口調こんな感じ!?)