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日本一想いを込めた手紙。投稿661日目

日本一想いを込めた手紙。投稿661日目

「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ。」

戦国時代の武将、本多作左衛門重次が、戦場から妻に送った手紙とされているもの。別名、日本一短い手紙として知られています。

今、どうしてもメッセージを伝えたい相手がいる。別に頼まれたわけでもないが、自分が書きたくなったので、書こうと思う。ラインも考えたが、文面が長くなりそうだったので、ブログに書くことにした。別名、日本一想いを込めた手紙をここに送ります。

「Rちゃんへ。元気にしていますか??本当はラインで送ろうと考えていました。でも、想いを書くと長くなると思い、ブログに書きました。

Rちゃんと初めて会ったのはいつだっけかな? Hちゃんの親友。というのは聞いていたけど、気がついたら話すようになっていたよね。宇治の奉仕や練成会などで、少しずつ顔を合わせたような気がします。

Rちゃんがこちらに引っ越して来ると分かったとき、とても嬉しかったのを覚えています。話していると楽しいし、笑顔がステキだから、また楽しみが1つ増えるなと感じていました。

いつもフラフラっと教化部に来てくれたよね?
来るたびにこんなやり取りをしたのを覚えています。

「ねー、今回も迷いながら来たよ。えらいでしょー。」
「いやいやいや、もう何回目?(笑 さすがに、もう道覚えたでしょ。」
「あのね、極度の方向音痴だから、何回も迷うんだけど、なんとなくたどってくると不思議と来れちゃうの。」
「なんだそりゃ〜。どこかにアンテナでもあるのかな。(笑 
でもよく来てくれたね。ありがとう。」
「えへへ。それでね、今日はね・・・。」

話だすと1時間以上はしゃべったりしたよね。ボクは、Rちゃんの話を聞くのが好きで、色々と頑張っていることや近況を聞くたびに、Rちゃんを応援したくなりました。その後も何度も時間があれば来てくれたよね。

一番思い出に残っているのが、講習会の2週間前。職員で全体の打ち合わせを迎えていた。そのとき「今から行っても大丈夫?」とメールをくれたよね。
正直ピリピリしていて迷ったけど、Rちゃんと話を聞くのが楽しみだったし、一所懸命頑張っているRちゃんの頼みだったので、OKしました。

「なんか、ここに来るだけでめっちゃ泣けてきた。」
入ってくる途中で涙をポロポロ流しながら来たのは覚えてる??
まさか、そこから3時間も話するとは思っていなかった(笑

実は、あの後に先輩職員に怒られました。時間を考えなさいと。
でも「会員さんとの大切な時間だし、丁寧に接していきたかったから。何か問題ありましたか?」と笑顔で突っぱねました。
Rちゃんが迷っている姿を見て、向き合っていきたいと心の底から思ったから。自分が言われるくらい、どうってことないさ。

話ししているうちに、「こうしてみる。こうやってみる。」と考えながら、Rちゃんなりに一所懸命頑張っていく姿がとても素晴らしいなと感じました。
決意のコトバや目標を紙に書いてもらおうと思ったけど、手元になくて。近くのティッシュペーパーに書いてもらったのはいい思い出です。まだ取ってある?わけないよね(笑

その後、連絡が途絶えがちになって、心配になりましたが、青年練成会の最終日に顔を見ることができて良かったです。安心したっていうのかな。

そのときもRちゃんは泣いていたような気がする。
「ふぇぇ〜あきもっさん、ごめんなさい。」と別に悪いことをしたわけでもないのに謝っていたよね。そんなことは気にしなくていいのに。元気な姿を見ることができて本当に良かったです。

もしかしたら、変に連絡を取りたくない。自分自身を責めてしまう。触れられたくないって感じているかもしれません。それは誰にでもあるし、誰かに言われたからと無理する必要はありません。
ただ、Rちゃんが元気にやっていてくれたらOKです。ボクは全然怒っていないし、そんなことでRちゃんのことをキライになったりはしません。

時折、思い出してくれたらありがたいなって思います。
もしかしたら、みんなが離れていってしまうのが寂しいのかもしれません。それでも青年会の雰囲気はいつもと変わらないように頑張りますね。Rちゃんや他のみんながいつ来てもいいように。

あとはね、Rちゃんの一番の良さはね、飾らないそのままのところだよ。それさえ磨いていけば、必ずみんながRちゃんに協力してくれると信じてます。

なかなか会えにくくなってしまったけど、困ったときや話したくなったときは、また「あきもっさ〜ん」とふらっと遊びに来てね。あの畳の部屋でゆっくりと話しましょう。

あきもっさ〜ん!!と元気な声で呼ぶのを待っています!!

青年が頑張ってくれることが私たちの喜び。投稿660日目

青年が頑張ってくれることが私たちの喜び。投稿660日目

少し前、出勤するとこんなハガキが届いていた。

丁寧なコトバで綴られていた。

差出人は、K講師。
生命学園の園長もやっていて、とてもパワフル・・・じゃなかった、元気がある先生。冬季中高生練成会に出講してくださった。

参加者・運営・お世話になった人へ向けて、練成会後にお礼のハガキを送った。お礼は鮮度が大事。なぜハガキで送るかというと、形と記憶に残りやすいからだ。逆に丁寧なお礼状を書いてくださったことに感動を覚えた。

K講師に依頼したのは、礼法という内容だった。簡単に書くと、練成会の心構えや姿勢についての講話と実践。ボク自身も礼法についてうまく説明することができなかったので、「K先生の太陽のような明るさと勢いがあれば大丈夫ですよ!!」と意味不明なコトバを伝えてしまった。

「あ、あぁいつも生命学園でやっているような感じかしらね。頑張ってみます。」と理解は示してもらったものの、きっと混乱したはず。
今思えば、よくこれでお願いできたなとK講師の懐の深さをありがたく感じた。 そして、亀田議長フォローありがとう(笑

K講師のおかげで最高の練成会のスタートを切った。その後は言うまでもなく、感動の3日間となった。

昨年の秋、青年練成会に参加する息子さんのことを思い出した。
「秋元さん、聞いて。む、息子が練成会に来てくれるのよー。しかも何十年ぶりに。」と興奮して、青年会の机まで来てくれたことがあった。
「えー本当ですか。良かったじゃないですか。おめでとうございます。と同時に推進ありがとうございます!!」
「今まで、ずっと祈っていてもダメだったんだけど、今回は、おっかぁが困っているなら行ってあげてもいいよー。って言ってくれたの。それが嬉しくて涙が今にも出そうなのよ。」
「Kさんの愛念が実を結びましたね。」
「ホントよ~。秋元さんありがとうね~。」
ボク自身は何もしていなかったが、自分のことのように嬉しかった。

そして今年の2月。生命学園合同卒園式後、たくさん喜びの声とともに感謝のメールをいただいた。

「ありがとうございます🙏
今日はありがとう‼️青年会の力はものすごい‼️ね😃
Hさんは、今日、来ることを迷っていた児童だよ!
その子が自らジュニア友の会に入会しました💪
おばあちゃんもびっくりしてたよ😃多くの神の子を導くね�
いっぱい、仲間が出来た‼️ってHさんは感動してたよ😃帰りにお菓子も配って😭心が嬉しい😃💕気持ちでいっぱいになったんだね🎵
皆さまに感謝無限無限🙏😍🙏🙏🙏」

Kさんからのメールより

かわいらしい絵文字がいっぱい並ぶ。
6年間育ててくださった卒園生が青年会へ繋がっていくことに、とても喜びを感じてくださっていた。むしろこちらがたくさんお礼を言いたいくらい。

青年会は見えないところで白鳩会・相愛会の愛に支えられている。
こちらがたくさんお願いする場面が多いが、いつも愛深く無償の愛で包んでくれる。それに対して、きちんとお返しできていない。こうしてコトバにしていくと、受けたご恩のほうが大きいことに気づく。

なぜそこまでしてくれるのか?と聞いたことがあった。
「青年が頑張ってくれることが私たちの喜び。」
Kさん、いつもありがとうございます。Kさんが明るく教化部に来てくれてこちらも晴れやかな気持ちになります。気さくに声をかけてくださって、青年達もとても嬉しく感じています。これからもいつもと変わらないKさんでいてくださいね。

きっと白鳩会・相愛会の皆さんへの感謝シリーズを書き出したら、たぶん年内いっぱいかかりそう。また気が向いたら書いていきますね~。


愛を持って接すれば、必ず人は変わる(前編) 投稿658日目

愛を持って接すれば、必ず人は変わる(前編) 投稿658日目

教化部や青年会活動に来られなくても、人知れず頑張っている子がいる。
こちらが愛を持って接すれば、必ず変わっていく。そういう相手に何人も触れてきました。これから書く方もそのひとりです。

出会いは3年前の青年練成会1ヶ月前。今でも覚えている。お母さんと個人指導に来られていた。名前は知っていたが、実際に会うのは初めてだった。
個人指導にあたってくれた先生が、青年練成会のことを勧めてくれたらしく、
全期で参加します。とその場で申込みを書いてくれた。

「Mのこと、よろしくおねがいしますね。」
「(この子がMちゃんか・・・)ありがとうございます。初めてMさん、よろしくおねがいします。」
「・・・・・。」

最初に会った印象はとても暗かった。話もあまりできなかったが、
「青年練成会で待っているね。会えるのを楽しみにしてます。」と笑顔で声をかけた。
1ヶ月後、約束どおりMちゃんは青年練成会に参加してくれた。オドオドした様子だったが、仲の良いメンバーもいて、話が弾んだらしく、最終日には笑顔があふれていた。こんな表情をするんだなとこちらも嬉しくなった。

開催後にお礼のメールをしようと思ったが、彼女の連絡先を知らなかった。
仕方がないので、自宅に電話をかけた。

受話器越しにお母さんが出られる。
「先日はありがとうございました。喜んでくれたみたいです。」
「こちらこそ、ありがとうございました。ところでMさんはいらっしゃいますか?」
「いるんですが、今は出たくないって言っています。知っている人としか話したくないって。」

まぁ、そうだよな。そんなに面識あるわけではないしな。と感じつつも
「いえいえ、大丈夫です。またかけさせていただきますね。」と電話を切った。
その後、彼女のことを思い出しては、ハガキを送ったり、自宅に電話をかけたりしたが、なかなか繋がることができなかった。

ある時、彼女がFacebookで投稿をしているのを見かけた。
ちょっと元気がない投稿だったので、何気なしにコメントをした。
しばらくして、メッセンジャーにメッセージが来ていた。誰だろう?と見てみると、ずっと連絡が取れなかった彼女からだった。

メールが来たことに嬉しさを感じつつも、結構深刻そうだったので、丁寧に返信した。何通かやり取りをしていくうちに、彼女自身の胸のうちをお話してくれた。
「聞いていただいてありがとうございます。」と感謝のコトバもいただいた。

ただ、どうしても彼女と会うことだけはできなかった。メールのやり取りはできても、やはり本人と会ってお話したい気持ちが強かった。
予定を見つけては、お時間作れませんかと聞いたり、近くでお話しませんか?と聞いた。しかしながら、反応が芳しくなく、半ば会うことを諦めていた。

別の日に、Tくんと家庭訪問したことがあった。彼は誌友会にもよく来てくれる男の子。一度、家庭訪問をしてみたい。と言っていたので、休みの日に時間を合わせて何件か回っていた。もう終わろうかなと思った時に、ふとMちゃんのことが頭をよぎった。

「Tくん、時間はまだある?実はずっと会いたいなって思っている子がいるんだけど、会えていないんだ。ちょっと行くのを迷っているんだが、一緒に行ってもらえるか?」
「あー、わかりました。もう勢いで行きましょう!!」

もちろんアポも何も取っていない状況。行って不快に思われたらどうしようか。マイナスな部分が頭をよぎる。でもここまで来たらやるしかない。

家の前で合掌。そしてインターホンを鳴らす。
彼女のお母さんが出てくれた。

「あら、秋元さん。今日はどうされたのですか??」
「いつもありがとうございます。突然すみません。ちょうどこのあたりを回っていたのですが、Mさんのことが気になって。いらっしゃいますか??」
車で40分かけて彼女の自宅へ来たことはもちろん内緒だ。

「Mとは約束していましたか?」
「いえ、連絡はしていません。お会いできたらなと思って来ただけなので。お会いできなかったら大丈夫です。」
「ちょっと聞いてきますね。」
すると、奥からMちゃんが顔を出してくれた。
うつむき加減で、困惑した表情。
「おお、Mちゃん。こんにちは〜。元気してた??」
「・・・・。」会話が続かない。どうしよう。
2,3言、コトバをかわす。会えただけでもラッキーだったので、そろそろ帰ろうとすると、
「あ、ちょっとまってください!!」
彼女がそう言った。
「下の公園で話しましょう。待ってていただけますか??」
思わず二人で顔を見合わせた。
「おお、ありがとうございます。嬉しい!! 下で待っているね。」

公園で彼女と話す。最初はうつむき加減だったが、こちらが色々と話しかけると
明るくコトバを返してくれた。彼女自身のことをきちんと聞くのは初めてかもしれない。気がつけば、30分くらい話した。

「突然、来て迷惑だったよね?? ごめんなさい。もうノリと勢いで会おう!!と決めてきちゃった。」
「びっくりしましたが、私も来てくれて嬉しかったし、話せてよかったです。」
と笑顔を見せてくれた。
「Facebookでメッセージくれたよね?どうして連絡をくれようとしたの?」
「・・・写真の表情が優しそうだったから。信頼できると思いました。」

あの時、Facebookでメッセージを送って本当によかった。

ココロの雨も少しずつ止んできた。

ここから会うハードルがグッと低くなった。少しずつココロの距離が縮まっていくのを感じた。毎月1回、メールを入れて、お話を聞きに行く。
どうもボクが声をかけるときが、ちょうど彼女が話したいタイミングと重なるらしく、「私も話をしたかったんです。」と返信をくれることが多かった。

初めは気が付かなかったが、彼女の良いところがたくさん見えてきた。
話すと面白いし、コトバのセンスを感じる。言われたことを素直に実行してみる。今まで隠れていた素晴らしさが出てきた。一番ステキなのは、その笑顔。とてもカワイイ。会う人をとてもシアワセにしてくれる。

何度か話していくうちに、彼女もココロを開いてくれるようになった。連絡が途絶えがちになりそうなこともあったが、それでもボクを信頼してくれていることが、とても嬉しかった。

こういうやり取りを2年くらい続けてきたころには、普通に話せるようになった。毎月会いに行くのがとても楽しみになっていた。
そんなある日、突然彼女からメールが来た。「秋元さん、私、宇治の練成会に参加してきます。」

(・・・続く)


オンライン誌友会の舞台裏。投稿656日目

オンライン誌友会の舞台裏。投稿656日目

今週の木曜日に、地元で青年誌友会を行った。
コロナウイルスの影響にあって、ZOOM(映像通信)を使ったオンラインでの開催。途中参加も含め、 総勢11人の方が参加してくださった。

時は遡ること、数週間前。対面での誌友会自粛の要請を受けた。
対面で開催できない。どうしようかと頭をよぎったが、不思議と中止する選択肢はなかった。1ヶ月に1回の楽しみを無くしたくないと思いからだ。

すぐに誌友会のグループラインに「今回は、オンラインで誌友会を開催するのでよろしくお願いします。」と伝えた。ただ、お願いしますと言っても誰もやらないのは分かっていた。
個別でもメールを送って、オンラインへの理解を示してもらったりもしました。

ZOOMという聞き慣れないソフトを入れる抵抗感。
そこが一番の問題だと感じていた。ただ幸いなことに、うちの誌友会メンバーは、後ろ向きな発言をする人が全くといっていいほどいなかった。

「難しそうかもしれませんが、ZOOM入れてみますね。」
「ラインしかやったことないですが、説明をみながら頑張ってやってみます。」
「当日、どんな感じになるか楽しみです。」

こういう状況でも協力・理解してもらえたことに本当に感謝した。
これだけでも、誌友会を心待ちにしてくれることがすごく伝わってきました。

開催当日、ボクが一番心配していたことが1つあった。
”いつもどおりの青年誌友会を開催できるか”ということ。
いくら知っているメンバーが多いとはいえ、対面と映像。慣れない部分も多い。
もしも盛り上がらなかったらどうしよう。
開催当日までタイムスケジュールとイメージを頭の中で描いていた。

平日の夜なので、皆さん学校や仕事などもあったが、時間が近づいてくると、続々と映像に繋いでくれた。

初めて来てくれた中学生のMちゃん。音が入らないトラブルがあったが、みんなでフォローしてくれたおかげで、スムーズに入室。
「Mちゃん、いらっしゃ~い。よく来てくれました。ありがとう」と感謝のコトバを伝えると、「今日は楽しみにしていました〜。よろしくおねがいしま〜す」と初々しく笑顔で手を振ってくれた。

安城青年誌友会は、ゆる~く雑談しながらスタートするのだが、オンラインだともっとゆるかった。家にいながらできるので、なぜかボクの高校時代の写真や、イケてる20代の写真をカメラ越しに見せて、「え、ヤバーい。わかーい。」「マジですか~」など、面白おかしく会場を沸かせた。

近況報告では、相手に振っていくということに加え、映像ならではやり取りがありました。

学校を卒業する女の子が卒業証書を見せてくれて、みんなで祝う。
昔なつかしいKくんの名刺が出てきて、それについて語る。
同時中継だからこそできる盛り上がりを見せた。

極めつけは、先程紹介したMちゃんの近況報告。話のなかで、弟さんがケガしてしまったことを聞いた。「え、大丈夫??今、落ち込んだりしていない?せっかくだから、画面に登場してもらおう!!」と無茶振り。

「ちょっと待ってて、くださいね。弟を呼んできま〜す。」と本当に出ていってしまい、数分後に弟さんとさらに妹さんまで現れた。
「足は大丈夫?」「今日は何をしていたの〜?」など聞いて励ましたり、はにかむ様子をみて、こちらもほっこり。生中継のハプニングみたいで、これまた面白かったです。

楽しい近況報告が終わると、内田光実の講話がスタート。画面を共有しながら、講話を聞く。事前に参加予定者の方に、普及誌などを郵送で送ったりもした。
しかしながら、画面を見るだけでお話が聞ける・イメージできるのは斬新。
参加者も同じ画面を見ながら学ぶことができる。思いのほか、良かったです。

また、ZOOMにはブレイクトークという機能があります。
同じ部屋にいながら、2対2とか、3対3にわかれて、グループ別座談会のようなことが可能。
いつもは聞く中心が多かったのだが、あえて強制的にグループ分けすることで、参加者の皆さんの話す時間がうまれ、感想や喜びをシェアできたりと新たな交流が生まれました。

最後は4月から県外へ就職するTさんのために、ここ数日かけて作成した感謝のメッセージ動画を流した。
先ほども書きましたが、ZOOMには画面共有機能があり、一人の画面をみんなが見ることができます。有志のメンバーがTさんに語ったメッセージを見てもらいました。
それを見た彼女は、涙していた。「最後、何かやってくるだろうなーと思っていたけど、動画は分からなかったー。でも嬉しかった。ありがとう。」と笑顔で伝えてくれました。

対面で直接メッセージを伝えることはできませんでしたが、オンラインを通じて、心温まる場を提供することができました。Tさん、今までありがとう。

オンライン誌友会ってどこか取っつきにくい部分があります。
わざわざパソコンやスマホに繋がないといけない難点も。
対面で会えない制約はありますが、工夫次第でいくらでも盛り上げることができます。 画面越しにでも喜びは生まれます。 事実、中学生のMさん以外に初めてきてくれたメンバ-も2名いましたが、それぞれが喜んでくれました。

ただ、中には対面のほうが良かったり、ZOOM導入が難しい方も見え、いつも来られる方が参加できないデメリットもありました。ここは繋がりを絶やさず、次回以降参加しやすいように、フォローしていきます。

何よりも参加してくれた皆さんが笑顔で喜んでもらえたのが、嬉しかったです。慣れない中でも楽しんでくれてありがとう。またお待ちしております〜(*^^*)

こんな状況でも参加してくれた皆さんに感謝!!

その飾らないあなたが好き。投稿655日目

その飾らないあなたが好き。投稿655日目

”みんなへの感謝のうちの一人として書いていただけるならOKです。”
この文面を見て迷った。

大勢の中の一人として書けばいいのか?そのまま書いてもいいのか?
どっちの意味なのか、判断が難しい。前者のことだと思うが、純粋に気持ちを伝えたくて、あえて後者と捉えて書くことにした。

3年前に30代向けの青年誌友会を立ち上げた。当時、顔見知りがほとんどいなかったので、事務局をやっていた金沢さんに相談。周知するところから始めましょうと、チラシを作ってもらった。

メンバーのリストをもらう。初めてみる名前ばかりだったが、家庭訪問や電話もかけたりして、誌友会の案内を行った。

「彼女には声をかけた??」
ふと、彼女の名前をつげられる。
「いや、まだだけど。」

どこかとっつきにくい印象を持っていた。 青年会のメンバーが楽しそうに喋っている様子をみたことがあったが、うまく話せるかが不安だった。初対面で話すのはなかなか勇気がいる。

声をかけようか迷っているうちに、だんだんと時は過ぎていく。前々日の段階で誌友会参加者もゼロ。このままではマズいと思っていると、彼女が用事で教化部に来てくれた。

ここしかチャンスがない。恐る恐る声をかけた。
「もし良かったら、今度30代向けの青年誌友会を立ち上げるので都合があえば、参加していただけませんか??」
「あぁ、ありがとうございます。そうなんですねー。もらっておきますね。」

こんなさらっとしたやりとりだったと思う。間違っていたらごめん(笑
当日会場を準備していると、彼女が来てくれた。
まさか来てくれるとは思っていなかったので、喜びも倍増。
誌友会中もたくさん意見を言ってくれて、とても盛り上がりました。

その他、5名が会場に足を運んでくれました。初めての会場リーダだったこともあり、このときの感動は今でも覚えています。

「あのさ、あなたって初対面と話すの苦手でしょ?目を合わせようとしても、全然話しかけてくれなかったじゃない。」
「え?そうかな?? うーん全然知らなかったし、最初は話しかけにくい印象があったんだよ。(内心は、なんでオレの心が分かるのだーと叫んでいた)」
「そんなことないわよ!!こんなに面白いのに(笑」
「ごめんごめん。これからちゃんと話すね。」

話してみると、彼女はとても面白かった。とても気さく。
マジメな話をしていたかと思いきや、色々と小ネタやギャグも言ったりして場を和ませてくれる。「私にギャグでかなうひとなんていないわよー。」と豪語していたことも。そんな彼女の飾らない性格が好きな人も多い。

金沢さんと家庭訪問に行ったときも、自宅の玄関先で立ち話をしながら喋った。取り留めのない話で盛り上がる。3人でカフェでお茶しながらもあったね。それが妙に楽しかった。今、思えば懐しさがこみ上げてきます。

連絡が取りにくい時期があった。
彼女の素晴らしさや性格は知っていたので、毎月の誌友会のお誘いと連絡だけは欠かさないにしていた。”いつか必ず来てくれる”そのことだけを信じて。しばらくすると、元気に誌友会に来てくれるようになった。

年は変わり、聖典(本)を買いにきてくれた彼女と久しぶりに話ができた。
「雰囲気変わったね。何かいいことあった?」
「色々とあってね~。今まで溜め込んでいたことがあったんだけど、年末に浄化されたって感じ。」
「そっかー。良かったじゃん!!」
レジ越しに彼女の話に耳を傾ける。2、30分ほど立ち話。そのたびに明るい笑顔を向けてくれる。話もどんどん弾む。思わずこちらも嬉しくなる。

同時に青年会幹部研修会が間近に迫っていた。ぜひ彼女に参加してもらいたいなと思っていた。ボクから声をかけると強制感で彼女の負担になってしまわないかと考え、別の方から声かけをお願いした。

なぜかは分からないが、彼女は参加してくれる。 明るくなった様子を見て確信した。直感。ギリギリまで分からない状況が続いたが、最終的に参加してくれた。

幹部研修会が終わったあと、いつものようにお礼のメールを入れた。
しばらくすると長めのメッセージが届く。喜びがあふれすぎていて、全部は書けないが、喜びを一部抜粋した。

これまでの辛かった感情や、幹部研で学んだ当たり前の信仰のこと、これまでそう出来なかった自分への後悔など、色々混ざって涙となり、自分の外へ解放せられた気分です。

とても嬉しかったことは、新しいお友達やお知り合いが何人も出来たことです
中でも一番意気投合して、夜中まで話し込んだりしたのは、Kちゃんです!とても明るく感じがよくて、話がしやすくてすぐに仲良くなりました!

私に、様々なことを与えてくださった研修会でした!
この研修会が参加できたのは、谷合さんの声かけに始まり、内田くんの粘り強いお誘い、更には信じて待っていてくれた秋元さんがチケットを余分にとって下さったお陰です!

彼女からのメール

彼女からのメールにこう返信した。

年末から年明けの様子を見ていて、すごく前向きになり、今までとは違う雰囲気になっていたことで、 色々と良い方向へ好転したなと感じました。
そういう面を見ていたことと、絶対に行く!!という確信がありました。 絶対に最後まで信じる。信じた結果、喜んでもらえたことがボクは嬉しいです。

彼女への返信

明るい方向へ向かってくれたことは嬉しくて、 彼女を信じてて本当によかった。そう心から思える瞬間でした。

ブログで感謝のコトバを伝えるとは思っていなかったので、改めてどう表現しようか迷っています。でもこういう機会だからちゃんと書きます。

出会ってから3年ちょっと。もう4年になるのかな?
最初、あなたが誌友会に来てくれたことがきっかけで、当日は盛り上がり次も開催してほしいという声があがりました。きちんとお礼を言ったことがなかったね。あのときはありがとう。あなたのおかげで30代の誌友会が続けられています。

その飾らない様子にボクも楽しい気持ちになります。周りのみんなもそう思っています。あなたがいるいないで大きく変わります。それだけ青年会にとっても、みんなにとっても、ボクにとっても大切な存在です。

雰囲気もとても柔らかくなって、すごく穏やか。温かく心地よい。昔もステキだったけど、今のほうがグッと魅力的です。またゆっくりお話しましょう。いつもありがとう。

飾らない温かな愛をありがとう。

ちょっぴり辛めのカレーライス。投稿653日目

ちょっぴり辛めのカレーライス。投稿653日目

「あなたはどこから来たの?」
「大きな体ね。何かやっているの?」
「お父さん、お母さんは生長の家の信仰者?」

たくさんの女性から質問攻めにされるボク。決して秘密の花園にいるのではない。教化部で定期的に開催している大愛知練成会。宇治の練成会しか知らなかったボクが初めて参加したのがココだった。

”地元に練成会がある” それを知ったのが宇治で研修生を行っていたときだ。
各県(教区)には真理を学ぶ拠点(教化部)があり、生長の家の信仰・活動、各種行事を行っている。

初日の金曜日から参加したので、周りに若い人はいない。知らない人ばかり。宇治とは違う環境で、正直あまり面白さを感じていなかった。3日間最後までもつのかなという不安な気持ちを抱いていた。

その時、食堂で出会ったのが、Iさんだった。炊事愛行部で参加者の皆さんに食事を提供する部門の部長さんをやっていた方だ。

「よく来てくださいました。あら、あなた素晴らしいわね。将来、大物になれるわよー。」
「ええー、そうですか??今は無職ですし、何もやれていないですよ。」
「そんなことないわよ。あなた、笑顔がステキだし、雰囲気もいいわ。」

面と向かって言われることがなかったので、Iさんの存在がとてもありがたかった。ご飯を食べているときも色々と話しかけてくれた。
若者が練成会を受講するのが珍しかったのかもしれない。Iさんや出会った皆さんのおかげで3日間乗り切ることができた。

その後、ご縁を経て教化部に奉職(就職)することになった。
Iさんとも久しぶりの再会を果たした。

「あら、あなたどうしてここにいるの〜?」
「あ、えーっと黙っていた訳じゃなかったですが、ここで働くことになりました。」
「あらーそうなの。そんな予感がしたのよ。おめでとう。あなたなら頑張れるわ。濵山教化部長先生のもとでしっかりと勉強しなさいね。」
「ありがとうございます。がんばります。」

こういうコトバをかけてもらって、本当にシアワセものだ。
職員として練成会に携わるようになったときも
「秋元くん、元気?頑張っている?」
「ちゃんと食べなきゃだめよー。ねぇ、彼の分は、大盛りにしてねー。」

いつもと変わらないIさんの笑顔と美味しい食事。
その中でボクが大好きな食べ物がある。

練成会名物、ちょっぴり辛めのカレーライス。たくさんの野菜とスパイスがふんだんに使われている。シアワセ食堂の代名詞。この美味しさに舌鼓を打った方も多い。

どうしてこんなに美味しいカレーライスができるのか。
使われているのは、どこにでも売られている食材。しかしながら他では使わていないものがある。
「愛情」という隠し味。美味しく食べてほしい、笑顔になってほしいという白鳩会炊事愛行部の先生方の溢れんばかりの愛が詰まっている。

Iさんはボクが来ると何も言わずとも大盛りのカレーライスと、1つ多めにゆで玉子を入れてくれる。「内緒よ。」と言ってサービスしてくれる姿は女神そのもの。これを食べるたびに、よし頑張ろう!!という気に何度もなった。

今は炊事愛行部部長を降りてしまったが、ボクがIさんからいただいたご恩は一生忘れません。本当に本当にありがとうございます。


すべてはここから始まった。投稿652日目

すべてはここから始まった。投稿652日目

この内容は、愛知教区青年会のブログに書く予定だった。
更新が滞っていたこと、何か一つでも良いことを書きたいと感じていた。
ただ、書き始めてみると生々しいリアルな描写の数々。結局、自分のページで書くことにした。

過去の自分

小さい頃から生長の家をやっていたかと言うと、そういう訳ではない。
母親が布団の近くに理想世界という薄い本を置いたり、鞄の中にお経を入れたりしていた。その度に、破ったり投げ捨てたりしていた。なぜこんなことをするのか、中高生の自分には分からなかった。

小学生の頃はいじめられ、中学生の時は女子から総スカン。日陰のような生活を送っていた。漫画を読んで人生良くなるくらいなら、死んで人生リセットしたほうがいいと思っていた時期もあった。

死にたくて、死にたくて、何もかもがイヤになる。
その割に誰かに認められたい。見てもらいたい。
なぜオレのことを誰も構ってくれないのか?
なぜ自分のことに目を向けてくれないのか?
そう思うたびに、人と接するのがイヤになった。

生長の家に触れたのは、31歳。当時、仕事で行き詰まり、うつ病に近い状態を
煩った。朝起きようと思っても、起き上がれない。カラダ全身に痛みが走る。3日間くらい家でうずくまっていた。会社から電話があっても出る気力すらない。

あいつは死んでしまっているのではないか?と同僚が朝・昼・晩と尋ねてきた。
インターホンを鳴らしまくる。出たくない。やめろ。と心がざわつく。
悲しいことにおなかだけはすく。人が尋ねてこない深夜に飯を買いに行き、人目を避けてこっそりと帰ってくる。

自殺の仕方や楽に死ねる方法などをインターネットで検索。死ぬ勇気が無いくせに、そういうのを異常に見る。暗い本ばかりを読み漁り、自分がいかにクズだと言うことを理解するために、暗い方向ばかり向いていた。

最終的に母親が地元から出てきてくれて、涙ながらに「お願いだからあけてちょうだい。」と悲痛の叫びをインターホン越しに伝えてくる。さすがに開けないわけにはいかなくなり、ようやくボクの籠城は終わりを告げた。

籠城から数日、とにかく病院に行くことを勧められた。
しかし病院に行くと異常がない。また精神科にも勧められて行ったこともあった。「オレが精神科?弱いやつが行くところじゃねぇか。」と思っていた自分が一番弱っていた。精神科に行ったときも、色々と問診してくれた。

はっきり言って何を言われたのか覚えていない。
鮮明に覚えているのが、「あんた休んだほうがいいよ。何ヶ月休みたい?」と聞かれたことだ。「え?一日でも早く復帰したいんだけど。」と伝える。

結果、大量の抗うつ剤とともに、2ヶ月休養と告げられた。
診断書を持って職場に向かったとき、自分のすべてが否定された気がして、本当に悔しかった。

生長の家?

長い夏休みをもらった感覚だ。ただ仕事漬けの毎日だったので、大量に休みをもらってもどうしていいか分からなかった。

最近、親孝行をしたことがなかったな。と気がついた。
いつも仕事で忙しく全然帰っていなかった。こういう時くらいはどこかへ連れて行こうと思った。
「お袋、どこか行きたいところはある?」
「山梨に行きたい。」
「山梨?ここから4時間以上あるけど、何があるんだ?」
「生長の家の本部が新しくなったので、見に行ってみたい。」
「あー宗教??行きたくないよ。そんなところ。他のところへ行こう。」
「うーん、そうよね。」とめちゃくちゃ困った顔をしたので、
「あー分かった。連れて行ってやるから、その本部に電話しといて。」
もちろんこのときは教化部という存在も知らなかった。
今、思えばよく電話して直接行きますと言えたな。
母の行動に感謝すら覚える。

自分とは違うセカイを見た

「ご神像があるのでそれを目指してください。」
「え?ゴシンゾウ?もう一度お願いします。」
「ご神像です。白い大きな像が建っているので、それを目指してください。」
何でいちいち命令されないといけないんだよ。
「あー分かりました。目指してみます。」
長いことクルマを走らせる。しかし全然見えてこない。
だまされた?と思ったが、ようやくそれらしきものの近くについた。

「えー、なんだこれ。ここかよ。静かなところだな。」
「お袋、ついたぞ。こんなところに来たかったのか?」
愛知から4時間。ほぼノンストップだった。
森に囲まれた場所。静か。うーん、退屈しそう。

玄関が見えた。
「すみません、昨日電話したものですが。」
「ありがとうございます。お待ちしておりました~。」
手を合わせて、ニコニコとやってくる男女。
「あぁ、お袋が来たがっていたので。ボクは付き添いです。」
「そうでしたか~。よくお越しくださいました。こちらへどうぞ。」
と色々館内を案内された。

詳しい内容は覚えていないが、自然を大切にしていることを強調されたことは残っていた。オレの職場とは全然違うし、雰囲気は悪くないなと感じた。

しばらく周りを紹介していただいたあと、
「以上になります~。このあと食事を用意してありますので、お待ちください。」と伝えられた。ご飯まで用意してくださっているのはありがたかった。

「あぁ、すみません。お言葉に甘えます。」感謝のコトバを口にしつつも
「もうご飯食べたらさっさと行こう。帰りたい。」と母に伝えた。
そこから二度と行かない。と心に決めた出来事があった。

何かの呪文が流れると、一斉に周りの人たちが手を合わせはじめた。全員が同じポーズ。何でご飯の時にこんなことやるんだよ。やっぱりやべーじゃん。ここ。居心地が悪すぎるわ。とさえ感じていた。

帰る頃は、恐らく顔がひきつっていた。
「今日はありがとうございました。」とぎこちない笑顔で伝える。

もちろん、母に対して「あんなところヤバいところから、もう行きたいなんて二度と言うんじゃないよ。」とキツくあたったのは言うまでもない。

それでも休職期間はまだまだ余っていた。
キツく言ってしまったボクはバツが悪かったので、こう切り出した。
「お袋、次に行きたいところはある?」

(・・・続く。)

ここからはじまる。

習慣を振り返る。投稿651日目

習慣を振り返る。投稿651日目

21日間習慣化プログラムが始まって2週間。
折り返し地点に来たので、今までの取り組みを振り返ってみたいと思います。
初日にこんな目標を立てました。

今回習慣化したいことは、このブログの継続・毎日青年会全国大会のオブザーバー21人に声をかける、そして愛の連絡の3つです。愛の連絡とは、訪問がなかなかできにくい状況の中で、毎日1人、合計21人に電話もしくはメールで丁寧に近況など聞くことです。

初日に書いた決意より


21日間習慣化プログラムの内容や想いについては、下記のリンクをご覧ください。

1)ブログの継続について→○(新しい喜びが生まれた)

今のところ、毎日できている。1月6日からスタートしたが、今日で連続70日目を迎えた。トータルでは651日目。塵も積もれば山となる。

どこで書く時間を捻出しているか?
朝、仕事が始まるまでの45分と昼の休憩時間の30分。計75分。
この2つの時間を使って、なるべく一本書き上げるように努めています。

心理学で「締め切り効果」というコトバがあります。
次の予定などが入っている場合、時間内に終わらせる必要がある。その間はものすごい集中力を生み出すそうだ。75分で書き終えないと、帰ってからたくさん書かないといけなくなる。夜に書きたくないので、一所懸命書く。

朝からものすごい勢いでタイピング。何をしているんだろうとこの人と思うかもしれないが、そんなのはお構いなし。自分が好きでやっているのだから。
あまりにも集中しすぎて、般若のような顔をしているとよく言われます(笑

職場への移動中に「今日、何を書こう。そういえばこんなことあったな。」とパッと浮かんだことを書く。振り返りを書こうと思った理由は、T委員長の自発的な振り返り投稿を見た影響から。
決してブログのネタが無かったわけではないことを付け加えておきます(笑

書き続けて気がついたことがある。毎日の習慣となるベース(柱)ができることで、おのずと自分の生活を見直すきっかけが生まれたこと。毎日ブログを書くために必要な時間を捻出する。色々と予定もあったり、個別対応が入るときもある。

そこで一日のスケジュールを見直すことにした。
すると大半が夜遅くにブログを書いたことに気づく。23時にブログ執筆。25時完了。これでは朝起きるのもツラいし、自分の時間も確保できない。そこで思い切って、朝と昼の75分で書く。という〆切を設けた。限られた時間の中で、集中して書けるようになった。

また、一人一人に向けた感謝シリーズから喜びの輪が広がってきた。
笑顔になれました。文章に共感をもてました。泣けました。相手の喜びを書いているのに、逆に書いた相手から喜びをいただく。

先日もある教区の方を書きたいとお願いした。以前ならこんなこと絶対にできなかった。しかし「秋元さんが書いているやつですよね?恥ずかしいけどいいですよ。」と快く受けてくださった。Wさんありがとう〜。

発信から新たな可能性が誕生した。感謝シリーズもついに全国編に突入しそうです。 このブログがこの先どうなるのか、今からワクワクが止まりません。

2)毎日青年会全国大会のオブザーバー21人に声をかける。→△(声かけの形を変えた。)

コロナウイルスの影響という理由で逃げたくはないが、ほとんどできていない。むしろどうやって声をかけていこう。今、どうしたらこの状況を乗り越えられるのだろうか?そのことで頭がいっぱい。そこを考えるだけでも労力がいる。

そこで毎月10日前後にやっている感謝と近況確認のメールをいつもより心をこめて送るようにした。通常の連絡に、一言・二言を添える。

その甲斐もあってか、昨日行われたオンライン誌友会で、卒園した小学校6年生の女の子が参加することにも繋がった。
「今日は皆さんとお話できて楽しかったようです。ありがとうございました。」と保護者の方から嬉しいお礼のメールもいただいた。オブザーバーの声かけは難しい状況ですが、こういう形で繋がりを築くようにしています。

3)愛の連絡。 →△ (スキマ時間を利用してメールを送る)

毎日1人、合計21人に電話もしくはメールで丁寧に近況など聞くこと。これも毎日できていない。ただ空いた時間を利用してメールをするように変えた。
この空いた時間というのが結構大切で、まとめてやろうと後回しにすると絶対にやらない。5分でも10分というスキマ時間の積み重ねが習慣へとつながる。”ベビーステップ”と呼ばれる手法。

コロナウイルスの影響でピリピリしていると思うので、なるべく相手の負担にならないように聞く。みんな外に出られていないだけで、思ったよりも元気!!という返信が多かった。

また電話が苦手と言っていた子が、電話してもいいよー。と言ってくれるようになった。ちょっとした関係性の変化なのだが、素直に嬉しい。

以上が自分の振り返りです。
特に3月前半は、思ったような活動ができなくて、自分自身の気持ちが負けそうになることもしばしば。できていないことのほうが多いです。

立てた目標が大きすぎたり、あまりにも生活の負担になりすぎていると感じたら、ちょっとゆるめたりしても良い。アクセルとブレーキを駆使することでクルマや自転車は動く。人間も同じでいいのではないでしょうか。事実そうすることで、続けられていることもあります。

ボク自身も日々変わりゆく生活のなかで、やり方も考え方も変化しています。
しかし根本にある「人間は神の子で素晴らしい」という真理は永遠に変わりません。これを胸に秘め、残り7日間も笑顔で頑張っていこう。あとちょっとだ。

振り返ればオレがいる。

無言のメッセージ。投稿650日目

無言のメッセージ。投稿650日目

突如送られてくる一通のメール。送り主の相手はボクと同じ男の子。というより男性といったほうがいいのかもしれない。メールを開くとそこには、一枚の写真が貼られている。その後に続く文章はない。いつもこれだけだ。

そもそも彼と会い始めた理由も「Sくんという男の子がいるから会いに行ってほしい。今まではずっとお世話していた方がいたんだけど、今は訪ねる人がいないみたい。何とかならないかしら。」という相談からだった。事務局にはこういうお願いが少なからずある。

Sくん?あぁ、一度練成会で見かけたことはあるな。でも喋ったことないし、ほぼ初対面に近い状態だった。
実は初対面の方と話すのはあまり得意ではない。しかし訪ねる人が誰もいないというのも悲しいし、ましてや麗しき白鳩会のお姉様から頼まれたらイヤとはいえない。

「分かりました。この日に行きますから連絡しておいてもらえますか。」
こういう場合、日程を強制的に入れないと人は行かない。後で検討してみます。というのは絶対にやらない。どんな人なのか?ちょっとした不安を抱えながらも当日を迎えた。

恐る恐るインターホンを鳴らす。
「こんにちは~。青年会の秋元です。いつもありがとうございます。」
「ありがとうございます。よく来てくれました。」
出迎えてくださったのは彼のお母様。 事情を説明しながら来た経緯を伝える。

「今日はSさんに会いにきたんですが、いらっしゃいますか??」
「ちょっとお待ちくださいね~。」

奥からゆっくりとSくんが出てくる。初対面ならでは緊張感。
「こんにちは、Sさん。初めましてに近いのかな? 青年会で事務局をやっている秋元です。Yさんが以前、回られていたと聞いて伺いました。なかなかご挨拶ができなくてごめんなさい。いつもありがとうございます。」
「・・・。(無言でうなずく)」

2,3言雑談を交わすが、すべて無言。会話が続かない。玄関に立ちながら、会話の話題を考える。こういうとき会話を途切れさせたら終わりだ。頭の中でそう感じていた。
同時に初対面ということもあり、長居してもどうかと考えていた。「今日は挨拶だけなので、また来ますね。」と言って、家を後にした。

この先、どう関わっていけばいいのか??
悩みながらも、行事の案内や時間があれば会いに行く。人と話すのは苦手なわけではないが、彼との会話は10分も続かない。 自分の話し方が悪いのか?と思ったが、会いに行くと不思議とイヤな顔はされなかった。

彼や彼のお母さんに次も来てほしいと懇願されたわけではない。”訪ねる人がいないのは寂しい” そのコトバの意味をボク自身、誰よりも理解していたからかもしれない。

何回か訪問するうちに、家の中にあげてもらえるようになった。当時にお母様にもボクの名前を覚えてくれるようになった。素直に名前で呼んでもらえるのはありがたい。

一度だけ彼のお姉さんが子どもを連れて遊びに来たことがあった。ゲームを一緒にやりながら、子どもに名刺を渡す。
「ボクはアキモトっていうんだ。将来青年会に来たいって思ったときはぜひボクを訪ねてきてね。」「アキモトっていうのー、この名刺大切にするよーー。」と無邪気に言いながら、ゲーム機の下敷きになっていたのはいい思い出だ。

彼は、ある事情からボクたちと同じように話すことができない。
会話が続かないなと思っていたのは、理解するまでに時間がかかるのと会話のキャッチボールを行うのが苦手だったようだ。職場で相手にされないことも多いため、一人でいることもしばしばあるようだが、本心は誰かと話したいという気持ちが強い。

そこで彼にこんな提案をしたことがあった。
「ボクもなかなか土日とか休みにくいので、あらかじめ休みの予定が分かれば都合がつきやすいかもしれません。(壁に貼ってある紙を見ながら)あ、ここに予定表があるじゃないですか。これを写真で撮ってピッとメールで送ってくれればいいですよ。」

それから時々メールが来るようになった。送られてくるのは一枚の写真。
何が写されているかというと彼の1ヶ月の予定表。その後は何の文章もない。これは会いに来て欲しいのサイン。ボクは勝手にそう思っている。
しかも気まぐれで送ってくるので、毎月来ない。彼との波長を合わせるほかないのだ。タイミングが合えば、行くようにしている。

先日も彼からメールが来たのだが、コロナウイルスの影響もあり、会うのを断念した。「こんな状況なので、行けない。ごめんねー。」とだけ返した。相変わらず返事はない。けど分かってくれていると信じている。

今、彼のもとを訪れるのはボクくらいかもしれない。大勢の交流が得意な人、苦手な人色んなタイプがいます。彼もボクもどちらかと言うと後者。
だからこそ、じっくりと1対1で向き合う人が必要で、そのために自分のような人間がいるのだと思っています。

感謝のコトバは、ここに書こうと思ったけど、今度直接会いに行ったときに伝えます。たまには「会いに来てほしい!!」という文章も添えてもらえると嬉しいかな。ボクの切なる希望です(笑

今、あなたは何を思っている!?

あなたはそのままで素晴らしい。投稿649日目

あなたはそのままで素晴らしい。投稿649日目

「イニシャル・写真もNGで、内容は私って分からないようにしてもらえればブログに載せてもOKです。」 

なかなかの難題だ。長いことブログを書いてきて、人を特定されないように讃嘆を書くのは初めてかもしれない。どう書くべきか?どうやったらうまく良さを伝えられるか?そう考えるだけでも指先が進まない。
しかし書くと言った以上は必ず書くのがボクのポリシー。うまく書けるか分からないが、頑張って祝福讃嘆させていただきます。

その方とは月1回程度、教化部に集まって打ち合わせをしていた。最初はあまり話すことはなかった。たが顔を会わせる度に、段々と話すようになった。
事情により打ち合わせする機会もなくなり、こちらに来られることも少なくなった。ボク自身、繋がりがなくなるのはとても寂しいことなので、時折メールしたり、タイミングがあれば電話もかけたりしています。

一見大人しいそうに見えて、実はものすごくよく話す。え?こんなに喋る人だったっけ?と勘違いするくらい普段とは違うギャップに戸惑う場面も。
良い出来事を話してくれることも多いが、予想もしなかったキツいコトバも何度かあった。ただ裏を返せば、ボクのことを信頼してくれて話してくれているんだと感じた。

人間、良いときもあれば、調子が上がらないときもある。特に自分が弱っているとき心のうちに溜まったモヤモヤを誰かに聞いてほしいと思うのは自然のこと。
話を聞いているうちに、自分なりの解決方法が見つかって段々と声のトーンが上がって明るくなっていく。気がつけば、悩んでいたことが嘘のように前を向いている。

生長の家では、一時的には悪くなったように見えても、本当は素晴らしい神の子であること私たちは学んでいる。この人の本当の姿が現れてくるたびに嬉しくなる。声が弾む。元気になる。こちらも笑顔になる。

「気がつかないうちに色々と聞いてもらって、ありがとうございます。色々とキツいこともいいますが、気がつけば、何でも話せてしまいます。」
「秋元さんは青年会の事務局長として偉大だと思います〜。 こうやって会員の心の内を吐き出させてくれますし、話しやすい雰囲気なんですよ」

嬉しい讃嘆なんだけど、自分で書くと結構恥ずかしい(笑
色んな人に言われるのだが、ボクと話していると友達感覚でしゃべっているような感じになるようだ。友達感覚でしゃべるということは、とりとめのない話をするだけなのだが、それがとっても心地よいらしい。気がつけば何時間でも話せてしまっている。さしずめ居心地のよいカフェといったところか。

特にアドバイスするわけでもなく、ただ聞くだけ。終わったあとにはまた頑張ろうという気になってくれるらしい。ボクがその一助になっていると思うと嬉しく思う。

最後は、あなたの良いところも含めて感謝のコトバで締めたいと思います。
いつも青年会に来てくださり、ありがとうございます。名前もイニシャルも書けないので、ちゃんと気持ちが伝わっているか分かりませんが、あなたがニコニコと笑顔で教化部に来てくれることがとても嬉しいです。

時間がないなかでも、地元で自分ができる活動を考えてやってくださる姿がありがたいです。先日、ココロに少し余裕が出てきて、これから何をしたらよいか?
という質問。答えになっているか分かりませんが、まずは自分にとってできるところからで充分です。

誌友会を開催したり、集まれる場所を作るということも、あることに越したことはないですが、それよりもちょっとした時間にカフェに行ったり、自宅に招いてお茶を飲みながらお話を聞いてあげる。それだけでも誰かの役に立っています。

小さなことでも、ココロの明かりを灯しています。ちょっとした時間にメールするだけでもいいんです。自分がやってもらって嬉しかったことを、今度は自分がやっていけばシアワセは循環していくと思っています。

あなたはそのままで素晴らしい方です。あなたが元気で笑顔いっぱいなら、自然とシアワセがさらに繋がってきます。気がついていないだけで、あなたの周りにはたくさんの方が応援してくださっています。大丈夫!! だからそのままで素晴らしいんです。

またいつでも教化部に来てくださいね。
来られるのを笑顔でお待ちしてますね(*´ω`*)

あなたはそのままで素晴らしい神の子。